まさかの●●料理に出会う
アレン様が連れて行ってくれたレストランは、前世で言うなら精進料理のお店だった。
精進料理と言えば、仏教の教えに基づくものであり、肉や魚は使わず、野菜、豆、キノコ、海藻、木の実、果物などが中心。肉や魚を好む貴族が食べるものではない。よってこのレストランは、完全に平民向けだった。
確かにここなら、あのウッドハウス侯爵令嬢が現れることはないだろう。しかも全室個室になっており、心おきなく寛げる。
平民でも大人しい人が集うお店であり、ビールで乾杯でガヤガヤとは、一線を画していた。
席に案内され、腰を下ろすと、アレン様はこのお店について説明してくれる。
「このお店は、東方から帰国した船に乗船していた僧侶が店主を務めています。彼の故郷では、ショウジンリョウリと呼んでいるそうです。わたしがこのお店を気に入ったのは、素材の素朴な味わいを楽しめるからなんですよ。さらにここの料理を食べ続けている平民の皆さんは、病気にかかりにくい……と言われています。わたしは野営も経験しているので、ほのかに感じる土の風味や野菜の味わいに、抵抗はありません。ですがもしかするとナタリー嬢は……どう感じるのか、楽しみです」
そう言ってアレン様は、秀麗に微笑む。
これに関して私は……行けると思います!だ。
何せ前世は日本人。そして私は自然薯料理やそばと言った和食が、大好きだったのだ。
まさか転生したこの世界で、純和風料理を食べられる機会に恵まれるとは!
嬉しくてならない。
「ナタリー嬢、とても楽しそうですね」
「! そうですね。初めて出会う料理ですから、期待半分、不安半分……かと思いきや、私は好奇心が旺盛なので。期待の方が大きいです」
「……ナタリー嬢は伯爵家のご令嬢です。こんな平民が行くようなお店に連れてこられ、がっかりしていませんか?」
「そんなことありません。レネ様から聞きました。アレン様は、ご自身が心から美味しいと思った物しか、他人には勧めないと。私はアレン様を、信じていますから」
今度はアレン様が、嬉しそうに笑う番だった。
「やはりナタリー嬢は、私が期待していた通り……いえ、それ以上ですね。そんな風に言っていただけて、安心しました。それに本心からの言葉だと分かるので、なおのこと嬉しくなります」
そこで期待の料理が到着する。
使われている器は、一部中国を感じさせるもの、一部西洋風。
和風の食器はなかなか手に入らないようだ。
でも盛り付けられている料理は、懐かしいものばかり。
野菜の煮物、湯葉、天ぷら、がんもどき、キノコ汁、漬物、麦ごはん。
デザート代わりは……これはオレンジゼリーだわ。きっと海藻=寒天で作ったものだ。
そして調味料も、醤油が用意されている! そして天ぷらで使う岩塩。
これにはもう感動してしまう。
「アレン様、早速ですが、食べてもいいですか?」
「勿論ですよ」
箸があることに感動し、手に取ると。
「ナタリー嬢、使い方は分かりますか? ナイフとフォークもあるので、そちらを使っていただいても構いませんが」
「なんとなく分かる気がします。試してみようかと」
久々の箸だったので、いい具合にぎこちなくなり、アレン様はくすくす笑いながらも、使い方を教えてくれる。もう笑いながら、食べすすめることになった。
まずは野菜の煮物!
「この薄味! 素材の味がダイレクトに感じられ、美味しいですね……。じわっと味が染み出し、たまらないです」
「! 分かりますか、この美味しさ。そうなんですよ。野菜というのは、平民の食べ物と言われていますが、そんなことないと思います。深い味わいがあると思うのです」
アレン様の言わんとすることが分かり、私はこくこくと頷く。
次に醤油をかけ、湯葉を食べると……。
ああ、なんて懐かしい。
この醤油の香りとまろやかな風味が堪らない!
ワサビもあれば……。
「どうですか?」
「美味しいです。この調味料とよく合います」
「! そうなんですよ。これはショーユと言うそうです。わたしはこれを肉につけても美味しいと思うのですが……。市販されていませんからね」
醤油ってどうやって作るのだろう? あいにく前世で醤油なんて作ったことがないし、レシピが分からない。でも発酵させたり、熟成させたりで、手間暇がかかる気がした。
あ、でもここの店主に聞けば、教えていただけるかもしれない。教えてもらったところで、簡単には作れないかもしれないけれど……。
「アレン様。私のカフェで使っている黄金パウダーは、東方に由来するものなのです。もしかすると一度カフェに来ていただき、店主の方と交流できたら、醤油を分けてもらえたり、レシピを教えてもらえるかもしれません」
「それは……実現したらすごいですね」
きっとデグランだって興味を持ちそうだ。何せ黒蜜だって作ることができた。醤油も作ってみたいとなるかもしれない。