モブの私には身に余る光栄
ジョアキーノ・ベルリオーズの『霧の城』。
とても素晴らしかった。
霧の城を舞台に繰り広げられる極上のミステリー。
これをオペラの世界で表現するなんて!
しかもロイヤルボックス席は、大変見やすかった。
衝立により仕切られているとはいえ、それでもゆとりがある。さらに椅子の座り心地も抜群。オペラグラスがあれば、より歌手の表情などを見られるだろうが、肉眼でも俯瞰して全体を楽しめ、私は大満足だった。
それに幕間や観劇後、アレン様の妹レネ様とその婚約者とも歓談できた。でもこの後、一緒に四人で食事……とはならない。アレン様が既にレストランを予約してくれていたからだ。
「シルバーストーン伯爵令嬢。お兄様はね、騎士の訓練で野営をしている時は、何でも文句を言わずに食べるんです。ですが一度野営が終わると、本当に自分が美味しいと感じる物しか食べないの。つまり真に美味しい物を、見極めることができるんです。値段を問わず、本当に自分が美味しいと感じたものを食べるの。ですからきっとこれから行かれるレストラン。きっと美味しいと思いますわ。期待されていいと思います」
レネ様がそんな風に言ってくれたので、俄然、期待が高まる。
冷静に考えると、そんなアレン様が私のパンケーキを美味しいと言ってくれたのは……。
奇跡だわ、奇跡。
モブの私には、身に余る光栄と言える。
「では行きましょうか」
クロークで毛皮を羽織らせてもらい、アレン様もコートを着たのだけど……。
ムーングレイの細身のロングコートを着たアレン様は、見惚れるカッコよさ!
いつもマントなので、このコート姿は新鮮!
しかも縦のラインが強調され、まるでモデルのようだ。
モブに転生し、推しとは無縁で終わると思ったのに。
恋愛相談カフェをオープンさせたことで、こんなにも尊い推しの姿を拝めた。
「ナタリー嬢?」
つい前世日本人のクセが出て、本当に手を合わせ、アレン様を拝んでしまった。
「し、失礼しました。これはですね。東方の挨拶のポーズでして……」
しどろもどろでそんなことを述べると、アレン様は……。
「ええ、知っていますよ。国立博物館に展示されているブツゾウで見たことがあります。……挨拶のポーズだったのですね」
「!? 失礼しました! これを挨拶で使う国もありますが、えーと」
なんだかしどろもどろになりながらも、話題はさっき見た『霧の城』に移ってくれた。おかげで胸をなでおろすことになる。さらにアレン様にエスコートされ、歩いていると、いろいろな方に声をかけられた。やはりアレン様は、王都で注目の人物なのだろう。
エントランスホールを抜け、建物の外に出ようとしたまさにその時。
「ナタリー嬢、ご無礼をお許しください」「!?」
どうしたのかと思った次の瞬間。
アレン様に抱き上げられ、これにはもう驚き過ぎて声がでず、かつ慌ててその首に腕を回すことになる。アレン様は私を抱き上げているとは思えない速度、かつ安定した足取りで階段を下りて行く。
幸いだったことに。
観劇の前、既にアレン様に体を支えてもらい、その胸に倒れ込んでいた。
多少の免疫(?)が、ついていたようだ。推しに抱き上げられるという、鼻血ものの事態でも、悲鳴をあげていない。気絶もしていない。偉い、私!
それでも心臓はバクバクと反応し、全身が熱くなっていた。
エントランスの階段を降り切ると。
まさにベストタイミングだった。
サンフォード公爵家の紋章のついた馬車が、エントランスにやってきたのだ。
アレン様はあっという間に私を馬車に乗せ、御者に「すぐに出してくれ」と声をかける。
もう何がなんだか分からなかったが、馬車が走り出すと、アレン様は安堵の表情を浮かべた。
席に座ることで、アレン様との密着はなくなり、心臓の鼓動もようやく落ち着き始めている。
「ナタリー嬢、大変失礼しました。エントランスホールにウッドハウス侯爵令嬢が現れ、手を振って来たのです。どう考えても『食事に行きませんか』と問われる気がして、咄嗟に逃げることにしました」
対面の座席で、長い脚を組んだアレン様が、急に私を抱き上げた理由を教えてくれた。それは納得のいくものだった。何せ裾は引きずる長さのドレス姿の私が走るのは、無理なこと。それでいてもたもたしていると、ウッドハウス侯爵令嬢に追いつかれる。そこで苦肉の策。私を抱き上げ、馬車に乗り込むことにしたのだ。
建物の外へ出ていたので、そこまで目立たなかったとは思う。それでも目撃者は、ゼロではないと思うのだ。私は……もはや結婚を諦めている。よって構わない。だがアレン様は、変な噂が立つのではないか?
そのことを尋ねると……。
「わたしは騎士団の副団長ですからね。変な話ですが、令嬢やマダムを抱き上げ、医務室や病院へ運ぶことは、よくあるんですよ。女性は大変ですよね。ドレスを着る際、随分とキツイ下着を着けられるようで……」
これには「あ~」と納得することになる。ドレスを着る時、ウエストを細く、胸を誇張するため、キツキツの下着を身に着けるもの。私は最近、ワンピースばかりだから、そういった下着とはご無沙汰になっていた。だが確かに、やり過ぎてくらっと倒れる貴族の女性は多い。宮殿にいれば、一日に数人は倒れるだろう。副団長であるアレン様は、そんな女性を救助することが、よくあるのだろう。
それならば、変な噂は立たないと思えた。
「お騒がせしましたが、もう大丈夫です。そしてレストランに到着しました」
アレン様が秀麗な笑みを浮かべた。














