このメンタル
クロークに到着した。
アレン様は、既に脱いで腕にかけていた自身のコートを、係員に渡す。手元が自由になると、なんとアレン様が、私の羽織る毛皮を脱がすのを手伝い、そして――。
「失礼しました。騎士として令嬢を凝視するなど、あってはならないこと。申し訳ないです」
クロークに外套を預け、barコーナーへ向け私をエスコートしながら、アレン様が謝罪を繰り返す。
アレン様に毛皮を脱がせてもらっている時、背中を向けていたのだ。
よってアレン様がそんなに凝視していたなんて……正直、分からなかった。
「背中に目があるわけではないので、見られたという自覚はないですから、お気になさらず」
軽く応じた私に、アレン様が爆弾を投下した。
「背筋が伸び、姿勢が美しく、さらにシルクのような肌をされていたので……。つい見惚れてしまいました。申し訳ないです」
これにはぶわっと瞬時に、顔が赤くなったと思う。
そう言えばこのドレス、背中がV字に大きく開いていた。
でも背中なんて自分では見えないし、あまり気にしていなかった!
は、恥ずかしい……!
「まあ、サンフォード副団長様! お会いできて光栄ですわ。先程、レネ様にもお会いしましたの。婚約者の方とご一緒に、先にロイヤルボックス席に入られましたけれど……。もしやアレン様もそちらで鑑賞ですの?」
ブロンドを思わせるハニーブラウンに金色の瞳、目を奪われるようなメリハリボディにワイン色のドレス。モブなのだけど、圧倒的に存在感がある令嬢が、アレン様を見て微笑んでいた。
「ウッドハウス侯爵令嬢、こんばんは。ええ、わたし達もロイヤルボックス席での観覧になります。今日は王族の方の観覧がないので、ロイヤルボックス席は三つに仕切られ、販売されたのです。妹達も私達も、幸運にもその座席を手に入れることができました。ご紹介しましょう。ナタリー・シルバーストーン伯爵令嬢です」
ウッドハウス侯爵令嬢! 過去に宰相も排出している、名門の家門だった。どうりでモブとは思えないオーラがある。
それにしても、ロイヤルボックス席で観覧できるなんて……! これも先祖が王族である、筆頭公爵家だからこそ、許されたのだと思う。さすがサンフォード公爵家。アレン様万歳!――と小躍りしたくなるのを我慢し、きちんと挨拶を行う。
「初めまして、ウッドハウス侯爵令嬢。ナタリー・シルバーストーンです。シルバーストーン伯爵家の次女でございます」
「シルバーストーン伯爵……。なるほど。初めまして、シルバーストーン令嬢」
ウッドハウス侯爵令嬢は、ニコリと笑顔になった。整った顔立ちなので、とても素敵な笑顔と思ったが。
「副団長様、わたくし、一度もロイヤルボックス席に入ったことがないんですの。ぜひ今度はわたくしのことをお誘いくださりません?」
即刻、私から視線を逸らし、媚びるような上目遣いでアレン様を見ている。
この姿を見て、すぐに悟った。
うん、面倒な人だ。
前世でもこういう方はよくいたわけで。
関わらないのが一番だが、今はどうすることもできない。
「ロイヤルボックス席は、通常、王族のみが利用する席です。その席に座る機会を得たならば、普段からお世話になっている方を招待することになるので……なかなか難しいですね。申し訳ないです、ウッドハウス侯爵令嬢」
アレン様が、スマートにお辞儀する様子は流麗であり、非の打ち所がない。ウッドハウス侯爵令嬢も私も、見惚れている。だがウッドハウス侯爵令嬢は、次第に言葉の意味を理解し、ぎりっと奥歯を噛みしめた。それを見た私は「怖い」と息を呑む。
「そうですか。それは仕方ないですわ。……では副団長様。王家主催の私的なパーティーに、わたくし、招待されていますの。第二王子のジョシュ殿下とは、わたくし、同級生ですから。よかったらそのパーティーのエスコート役を、お願いできないでしょうか?」
ウッドハウス侯爵令嬢は、完全にアレン様狙いだ。モブなのに、勇気がある。そしてこのメンタル。めげない。なんとしてもと食らいついていくそのバイタリティ。それは前世にて、絶滅危惧種と言われた、肉食系女子と重なる。深窓の令嬢こそが好まれるこの世界では、珍しいモブだと思う。
そしてウッドハウス侯爵令嬢の言っているパーティー。それは間違いなく、ジョシュとニコールによる、婚約周年祝いパーティーのことだ。彼女も招待されていたとは。現地で会うのかと思うと、「関わらないによう、気を付けよう」と思わずにはいられない。
それにしても。かなりメリハリのある体つきをしているのに、ジョシュやニコール、セーラとも同学年であることに驚く。私よりも年上かと思ったのに。
でもこの美貌と侯爵家であることから、強気なのかもしれない。
「ウッドハウス侯爵令嬢。お誘い、ありがとうございます。わたしは立場上、直前まで約束を組むのが、いささか難しいのです。よってお約束はできかねます」
この返信から察することができた。アレン様は、ウッドハウス侯爵令嬢に、興味はないようだ。
ハッキリお断りしたいのだろうけど、気を使っていることが伝わって来る。
「もう、副団長様はつれないわ!」
ウッドハウス侯爵令嬢が、まだ何かを言おうとすると、離れた場所で、彼女を呼ぶ声がする。彼女と同じ、ハニーブラウンの短髪に金色の瞳。黒のテールコートで、年齢はアレン様くらい。多分、彼女のお兄さんだ。
ウッドハウス侯爵令嬢は名残惜しそうに「副団長様、お手紙をまた書きますわ!」と言い残して去って行った。














