思い出そう
屋敷に到着すると、ドレスへ着替えだ。
黒のマーメイドラインのドレスは、体にフィットしており、女性らしさが際立つ。その一方で、ふわりと広がる裾は、まさに人魚の尾びれのよう。私の着ているこのドレスの裾には、星のようにビジューが散りばめられている。
大きく開いた胸元を飾るように、三連のパールのネックレスをつけ、耳には大粒のパールのイヤリング。いわゆる夜会巻きにした髪には、パールの髪飾り。
最後にアレン様がプレゼントしてくれたオペラグローブを身に着け、完成だった。
着替えを手伝ってくれた二人のメイドも、絶賛してくれる。
そうなると気持ちも盛り上がってきた。
黒革のクラッチ・バッグに、オペラグラスなどを仕舞い、防寒対策で毛皮を羽織る。
真っ白な毛皮に、黒のドレスは鉄板の組み合わせ。
なんだか普段と違い、自分でもゴージャスだと感じながら、エントランスへ向かう。
「お嬢様、大変エレガントで素敵ですな」
馬車に乗るのを手伝う御者も褒めてくれる。
そう言えば、社交界にも顔を出していないので、外出用のイブニングドレスを着ること自体が、久しぶりだった。ちゃんとドレスを身に着けると、自然と姿勢もよくなる。気分もちゃんと貴族の令嬢になるから、不思議だった。
ゆったりと馬車が動き出し、エントランスで侍女とメイドが見送ってくれる。
そこでふと思い出す。
ニコールとジョシュの婚約周年祝いパーティー。どんなドレスを着ようかしら?
ロゼッタやバートン、そしてデグランだって参加するのだ。三人はどんな衣装だろう?
男性陣はフロックコートだから、あとは色と宝飾品で勝負だ。
ロゼッタは何しろあの『ロイヤル・エレガンス』のドレスを着ることになる。特上のシルクに、模造宝石ではない本物の宝石が使われた、大変素晴らしいドレスのはず。
馬車の中で、クローゼットの中のドレスを思い浮かべ、シミュレーションをする。そうしているうちに、劇場に到着した。御者に手伝ってもらい、馬車から降りる。エントランスの階段には、レッドカーペットが敷かれていた。
そこはさすがジョアキーノの公演だと思う。観覧するのは、貴族の中でも最上流階級にいる人々。ドレスが汚れないようにと、外のエントランス階段にまで絨毯を敷いているのだから。
談笑する貴族のカップルや親子らと共に、エントランスホールの中に入ると……。
これはもう「おおおおお」という声が、周囲から自然に漏れている。
普段、この劇場のエントランスホールには、何も置かれていない。金糸による刺繍があしらわれた真紅の絨毯が敷かれ、会場へと続く階段や廊下が伸びていた。
ところが今は、新作のタイトルにもなっている『霧の城』が出現している。
吹き抜けの天井にまで届きそうな高さのお城。外壁は霧を思わせる、ホワイトグレーの色合いをしていた。しかもスモークが焚かれており、まさに霧の中に現れた城に見える。外階段の絨毯を見ただけで、さすがジョアキーノと思ってしまった。だがこれは甘かったと思う。ジョアキーノは……ここまでするぐらいの人気を誇っていた。
「ナタリー嬢」
澄んだ声に名前を呼ばれ、飛び上がりそうな程、嬉しくなってしまう。
声の方を見ると、黒のテールコート姿の推しがいる……!
アレン様といえば。
乙女ゲーム内において、トレードマークとなる、騎士団のコバルトブルーの隊服姿での登場が多かった。副団長専用のパールシルバーのマントもよく似合っており、そのお姿に、文句はない。
その一方で、隊服姿以外での登場が、圧倒的に少ない!
舞踏会では、儀礼用の軍服で、それも拝みたくなる素晴らしさなのだけど。
黒のテールコート姿なんて、初めて見た!
これきっと、ゲームでのイベント時に解放されるような、とっておきの一着なのではないかしら!?
お店では、デグラン、バートンもしくはロゼッタがいたので、自制がきいた。
でも今、デグランが「なーにボーッとしているんだよ、ナタリーお嬢さん!」とツッコむこともない。ロゼッタが「ナタリーお嬢様、口から涎が!」と指摘することもない。
もう両手を祈るように握りしめ、アレン様を見上げていると。
「ナタリー嬢。わたしの顔に、何かついていますか?」
少し照れたような、はにかみ笑いをされ……。
四つん這いになり、陥落したい気持ちになっていたが、グッと奥歯を噛みしめる。
これではただの変態になってしまう。
思い出して!
私は恋愛相談カフェ「キャンディタフト」の恋愛相談要員であり、アレン様は推しだが、手の届かない雲の上の方。
深呼吸を一つして、落ち着いて微笑む。
「アレン様。今日もいつも通り、素敵なお顔です。何もついていないので、ご安心ください。……改めまして、本日はご招待いただき、ありがとうございます」
きちんとお辞儀をして御礼の言葉を伝えると、アレン様は秀麗な笑みを浮かべ、私の手を取る。
「こちらこそ、ナタリー嬢と観劇ができ、光栄です。まだ少し早いので、クロークに荷物を預け、シャンパンでも一杯、いただきましょうか」
「はい!」
アレン様のエスコートで、クロークへ向かった。














