素敵なお誘い
「カフェのクローズと『パブリック・ハウス』のオープンの手伝い、できなくてごめんなさい」
「大丈夫、大丈夫! もうあと一時間でしょ。お客さん、今日はもう来ないよ。せっかくのデートなんだから! あのアレン様とのデートだよ! 二人きりで! もう楽しんで、ナタリーお嬢様!」
ロゼッタがニマニマしながら、チラチラとデグランを見ながら、私にそう言うと。
「客が来ないとは限らない。ロゼッタ、お前は閉店までの約束だからな。ルグスが迎えに来るまで、しっかり働けよ!」
「なーに、デグラン。自分だけこの後も仕事だから、ジェラシー?」
「ロゼッタ!」
デグランとロゼッタが、兄妹のようにギャーギャー絡んでいると、カラン、コロンのベルの音。
驚いて振り返ると、そこにいるのは悪役令嬢ニコール!
いつもの王立サンフラワー学園の制服姿だ。
「ごめんなさい、また閉店が近い時間に。実は皆様に渡したいものがあったのと、妃教育に行く前に、パンケーキを食べたくなってしまいました。大丈夫かしら?」
「大丈夫ですよ。すぐに作ります」
デグランは手を胸にあて、優雅にお辞儀をすると、竈へ向かう。
ロゼッタはニコールを席へ案内し「飲み物はアッサムティーでいいですよね?」と確認しながらグラスに水を注ぐ。さっきまでギャーギャー言い合っていたのに。二人は切り替えが早い! 一方のニコールは、スツールに腰かけながら「ええ、それでお願いします」とにこやかに応じている。
そして私は既にエプロンを外し、お店から出ようとしている状態だった。
「あら、ナタリー様は……もしかしてジョアキーノの新作を?」
「! そ、そうなんです。アレ……サンフォード副団長様が、お誘いくださって。あ、もしかして副団長様から、お聞きになりました?」
「いえ、違いますわ。サンフォード副団長様は、プライベートについてベラベラ話す方ではないので。今、社交界で夜に予定があると言えば『もしかしてジョアキーノの新作を?』と尋ねるのがお約束なんですよ」
これには「ああ」となる。社交界ではこういう言葉遊びがよく流行った。でも私はめっきり社交界に顔を出していないから……。
「では先にナタリー様に、コチラをお渡ししますわ」
ニコールは学生鞄から、光沢のある上質な封筒を取り出し、私に渡してくれた。
裏面を見て「わおっ!」と声を出しそうになるのを呑み込む。
だってこの封蝋は……王家の紋章!
「ホリデーシーズンに入った最初の月曜日。殿下と私の婚約周年祝いパーティーをすることになりましたの。王妃殿下が『婚約して何年も経つと、二人が婚約していることを忘れる方もいるでしょう。二人は円満に愛を育んでいると、アピールする場を設けましょう』とおっしゃってくださって。あくまで私的なイベントで、王立サンフラワー学園の同級生を中心にお誘いしているのですが、月曜日は『キャンディタフト』も『ザ シークレット』も店休日ですよね? だから皆さんもよかったらと思いまして」
ジョシュがセーラと仲良くしているのを見て、いろいろ噂した生徒達の疑念を、王妃はきっと、払拭するつもりなのだろう。そこまでやるなんて、さすが王妃だわ。
そして。
王室主催の私的なイベントに招待されるなんて、貴族にとっては誉れ!
さらにモブの私からしたら、悪役令嬢であるニコールのイベントに招待されるなんて、奇跡だ。
なんといってもニコールが悩む姿を見て、王妃殿下とも話している。
ニコールと婚約者であるジョシュが、幸せになることを願っていたのだから……。
「ありがとうございます! ぜひ、お邪魔させてください!」
即答だった。するとニコールは「良かったです」と微笑み、ロゼッタとデグラン、さらにはバートンの分の招待状まで、取り出したのだ。
「私的なイベントで、舞踏会でもない、ただのパーティー。ロゼッタ様とバートン様も、ぜひいらしてくださいね。とはいえ、貴族が多く参加するパーティーなので、ドレスコードが気になるかと思います。『ロイヤル・エレガンス』に、衣装を用意しておくよう伝えておくので、服装の心配はなさらず、いらしてください。同伴者の分も選んでくださって構わないわ」
『ロイヤル・エレガンス』は、王都の貴族の御用達の超人気店。お値段も一流で、超上客でもないと、オーダーしても納品までは、最短で半年だった。それなのに「用意しておくよう伝えておくので」で、衣装を準備してもらえるなんて……!
やはり第二王子の婚約者ということで、超上客なのだろう、ニコールは。
「デグラン様も、いらしてくださいね。国王陛下夫妻も、貴族らしい姿のデグラン様のお姿を見たいと、言っていましたわ」
これにはデグランは「参ったな~」と頭をかく。でも、フライパンを手に「このお店の上客ですからね、マルティネス侯爵令嬢は。お客様のせっかくのお誘い。参加させていただきます」と丁寧に応じた。
せっかくニコールが来てくれたので、もう少し話もしたいところだった。でも屋敷に戻り、着替えをして、劇場へ向かう必要がある。そこでニコールに、まずはこれで失礼することを告げ、デグランとロゼッタに合図を送った。
ロゼッタはニコニコ笑顔で手を振り、デグランはなんだか寂しそうな顔で、私を見送る。
この後、ロゼッタはルグスとディナーだった。バートンが顔を出すと言っていたが、言ってみればデグランは、お留守番のようなもの。でも誰かからお誘いされても、『ザ シークレット』があるので、やはりデグランはお留守番だ。それが悲しいのかしら?
そんなことを思いながら、迎えの馬車のところへ向かった。














