効果的なギフト
つまり「ない=浮気」とは必ずしもならない。考えられる原因は、いくつもある。その原因は推測できても、正解は当人同士で確認するしかない。ただ、センシティブな話題である。話しにくい、聞きにくいと思うのは、当然だった。
それでも普段から、夫婦間で円滑なコミュニケーションをとれていれば、話すことができるはずだった。話すことができない……ということであれば、それは「ない」こと以前に、別の問題をその夫婦が抱えていることになる。それは恋人同士でも同じだった。
赤の他人の男女が、恋人同士や夫婦になる。そんな他人が関係を維持するには、愛情だけでは足りない。愛情プラス信頼。そこが大切だった。信頼関係が構築された二人であれば、長続きする。何かあった時も歩み寄り、話し合うことができた。
前世で担当した会員も、二人の考えが一致し、そして成婚退会した場合。勿論、波風はある。それでも円満に続いている。一方の、どちらかが外堀を埋められるように、捕えた魚は逃すまい……のような状態で退会した二人は……。信頼の構築ができなかったのだろう。残念な結果で終わることもあった。
昼間からディープな悩み相談をしたマダム二人には「考えられる原因はご説明しました。でもその答え合わせは、それぞれ旦那さんと話してみるのが一番です」とすすめることになる。とまどい気味の二人には、円満な会話ができるアドバイスもいくつか行う。
話し合いをするなら、リラックスできる天気のいい休みの日の昼間。夜の話し合いはご法度。空腹ではないティータイムを利用することも重要。席は対面ではなく、横並びか斜めの配置。対面の配置は対立の感情を生みやすい。気持ちを落ち着かせるグリーン系の服を、お互いに着るのがおススメ。
話をする際は、傾聴を心掛け、感情を爆発させず、もしもの時は甘い物で気持ちを静める――などだ。すべて心理学の理論を日常に応用したものであり、聞いたマダムも「なるほどですわ。試してみますね」と、満足して帰ってくれた。
「……ナタリーお嬢様って、マダムのディープな悩みにも応えられるんですね。ビックリしました。それなのに自分の恋愛ごとは、からっきしダメなんですね~」
ロゼッタの指摘には「!?」と思うも、次のお客さんが来店した。お一人令嬢、これは間違いなく、悩み相談ありだろう。できればライトな悩みを願ったら!
「婚約者の誕生日プレゼント、何にするか迷っているのです」
これには「わーい!」だった。マダムのディープな悩みに比べると、羽毛ぐらい軽い!
嬉々としてアドバイスをしてしまう。
「まず、食べ物をプレゼントにするのは、止めましょう」
「え、何でですか?」
「どんなに美味しい物を贈っても、人間、日々いろいろな情報を処理しています。よって『五年前に誕生日でもらったマカロン。……マカロンなんてもらったっけ? もらったか。あー、確か美味しかったと思う』と、ほぼ覚えていません。むしろ激辛やとんでもなく不味い物を贈った方が、記憶に残るでしょう」
グラスの水を口に運び、令嬢は困った顔になる。
でもこれ、優秀な生徒より、問題児の方を、学校の先生がずっと覚えているのと同じ。
手がかかった分、忘れらないのだ。沢山のエピソードを覚えている。
同窓会に参加する度に、これは私も実体験で実感していた。
つまり美味しい物を贈られ、食べただけでは、そのうち忘れてしまう……。
しかーし、大丈夫! 解決策はあるのです!
「もし、食べ物でお祝いしたいなら、一緒に食事をしてください。そこで併せて、思い出になるような演出をしてもらうといいでしょう。いわゆるサプライズの演出です。食べ物とサプライズの演出が結びつき、忘れられない思い出になります」
物は失くしたり、壊れたりするが、記憶に残る思い出は、永遠とも言える。
その時を振り返り話すことで、お互いに温かい気持ちにもなれるもの。
できればお祝いは食事なり、何か新しいことを体験してみるなど、思い出作りを私はおススメしたい。
その一方で。
もしライバルがいたり、片想いの時にプレゼントを贈るなら。物を贈るのも、一つの手である。そしてこの場合、この世界では「お花を贈る」が定番であるが、実のところ恋愛向きではない。これはあくまで恋愛において、の話。お見舞い、御礼、お祝いでお花は、とても優秀に活躍してくれる。私自身、花は大好きだった。
だが恋愛における花は、儚い。花びらが落ち、枯れるまで飾るわけはいかず、別れがすぐに訪れる。日持ちしないところがネックなのだ。ドライフラワーにしても、痛むのでいつかはお別れするしかない。さらに花を贈ることが、日常的過ぎるこの世界では、花を受け取ったことも忘れやすい。無論、ラフレシアのような奇特な花を贈られたら、絶対に忘れないだろうけど。
どうしても恋愛で花にこだわるなら、長持ちする鉢植えか、一緒にガーデニングだ。花の種を贈り、一緒に育てましょう……だが、これはかなり特殊。「なぜ土いじりを貴族の自分が?」と思われてはアウトなので、相手を選ぶ。
そうなると一番いいのは、花と宝飾品の併用だ。宝飾品は、日常使いできるものがいい。適度に高価で、日々使うものであれば、単純接触効果が期待できる。つまり使う度に、これを贈った自身のことを、相手に思い出してもらえるのだ。
ゆえに令嬢が令息に贈るのに効果的なギフト、それはタイに飾る宝飾品やカフスボタン。前世ならネクタイピンだろう。ちなみにネクタイは消耗品であり、使われて一週間に一度。ネクタイを贈るよりも、ネクタイピンが◎だ。
男性の高額な宝飾品として、この世界なら懐中時計がある。前世なら腕時計。でもこの“時計”は鬼門。なぜなら懐中時計も腕時計も、“男のこだわりアイテム”だからだ。事前にお店へ行き、相手がどれを欲しいかを、完璧にリサーチして贈るならいい。でも店員さんに「一番人気のもので」とお願いして購入したものを贈ると……。
懐中時計も腕時計も、高額な装身具。もちろん相手は受け取るが、内心では「困ったな。あまり好みのデザインではないのだけど……」となってしまう。前世では、破局と同時に買い取りショップへGO!案件。
こんな感じでプレゼントについてアドバイスを令嬢にすると、彼女は大喜びでお店を後にしてくれた。
私もよく相談される悩みだったので、立て板に水で、よどみなく話せたと思う。
その後、イエール氏とセーラが顔を出し、令嬢二人組が来店し……。
時は流れ、いよいよその時間が来た!