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転生したらモブだった!異世界で恋愛相談カフェを始めました  作者: 一番星キラリ@受賞作発売中:商業ノベル&漫画化進行中
 

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破談二十回令息

 丁度、三人組のマダムと、恋愛相談をしていたフランス人形みたいな令嬢が、お店を出たのと入れ違いで、その令息は店内に足を踏み入れた。


 キョロキョロと周囲を窺い、私と目が合うと、スッとすぐに逸らし、床を見ている。


「こちら、どうぞ」


 落ち着くだろうと思い、カウンター席の一番端へ案内した。

 黒に近いダークグレーのスーツの上下で、年齢は三十代くらいか。

 生地が上質であることから、爵位ある貴族の当主のように思えた。

 だが少しおどおどしており、幅のある体を丸めるようにしているし、自信がないように感じる。


 あっ……。


 見てはいけないと思ったが、手にしているステッキの紋章が見えてしまった。


 あれはタム男爵家の家紋だわ。


 タム男爵家と言えば、数ある男爵家の中でも歴史が長い。男爵家の中でも上位に当たる。その男爵の嫡男と言えば、チャーリー・タムで27歳。そうだ、この方、縁談話が二十回近くぽしゃったことで有名だったわ。


 そこでキャッキャッと華やぐような笑い声が聞こえ、制服姿の令嬢三人組が、お店に入って来た。私の母校、王立サンフラワー学園の、ピンクに紺色のチェック柄のワンピース、紺色のボレロという制服を着ている。そういえば、ここから学園は徒歩圏内……と思いながら、タム令息の前にメニューを書いた紙を置く。


 スツールに腰を下ろしたばかりのタム令息は、チラッと令嬢達を見て、縮こまるようにしている。


 ロゼッタが令嬢達を席に案内し、デグランは竈の前で、店内の様子を俯瞰していた。


 カウンターは横並びで五人席。タム令息と令嬢三人組の間にひと席空きができ、よかったと思う。何しろタム令息は、令嬢三人組が来店してからさらに緊張感が増しているようで、メニューなんて見ているようで見ていない様子が伝わって来た。


 そこで私から提案をした。


「当店の看板メニュー『マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ』と、珈琲という新しい飲み物がありますが、そちらはいかがですか? 珈琲でもティーフリーはついてきますので」


 タム令息は「それでお願いします」と何度も頷き、私はデグランへ合図を送る。デグランは頷き、生地の入ったボウルを手に取った。


 珈琲を入れる準備をしながら、タム令息に尋ねる。


「当店では恋愛相談も承っています。お客様はお一人ですし、良かったら何かご相談に乗りましょうか」


 自分からは切り出しにくいだろうと感じ、提案してみた。

 タム令息は「渡りに船!」という顔で私を見てコクコクと頷き、再度、令嬢達を見る。そちらはロゼッタ相手に、パンケーキも食べたいが、パウンドケーキも食べたいと大騒ぎしていた。完全に、自分達の世界。タム令息のことなど気にしていない。


 安堵したタム令息は自身の黒髪を撫で、それからダークブラウンの瞳を、おどおどしながらも私へ向けた。


「実は……ボク、これまで縁談の顔合わせの席で、何回もお断りをされているんです。もう27歳になるのに、まだ独身で……。両親からは『結婚はしなくていい。養子を迎える』と匙を投げられていて……。なぜ、ダメなんでしょうか。ボク、どこがダメなのでしょうか」


 この世界では、だいたい二十歳頃に結婚をするので、そこからすると行き遅れとなってしまう。グラスの水を渡しながら、タム令息をじっくり観察する。

 今の会話の感じであれば、話し方に大きな問題は感じられない。

 話し方に少し子どもっぽさを覚えたものの、些末な問題だろう。

 むしろ、今すぐにでもできる改善点は……。


「あの、私の気付きを申し上げることで、不快なお気持ちになるかもしれません」


「か、構いません。その……ボクの周りの人間は、皆、本音で話してくれないと言うか……。『坊ちゃんには何も問題ありません』としか言ってくれないので。むしろ、ガツンとお願いします」


 まさか自身の使用人にダメ出しを求めたのかしら?

 それは……さすがに使用人の立場だと言いにくいだろうと思った。苦肉の策で「問題なし」と答えていたのだろう。


 ただ、タム令息のような男性は、結婚相談所の会員には結構いらっしゃったので、アドバイスは可能と思えた。


「ではズバリ申し上げます。まず、会話については、今のところ、問題性を感じません。気になるのは、清潔感が足りないところでしょうか」


 これにはタム令息がハッとしている。


「ダークグレーのそのスーツは仕立てもいいですし、生地も上質です。ですが……肩にふけが。色が黒に近いグレーですから、ふけは目立ちます。外出前に鏡の前で必ず確認し、落とすようにした方がいいと思いますよ」


 タム令息はすぐに自身の手でふけを落とす。


「そして髪にヘアオイルをつけていらっしゃいますが……多分、つけすぎだと思います。それがシャンプーで落としきれず、ふけにもつながっているかと」


「あ……。ボク、癖毛なんです。髪の量も多くて。それでつい……」


「なるほど。癖毛の多い髪を生かす髪型もあります。そもそも髪が多いからと、髪をすき過ぎると、短い毛が混ざり、まとまりにくくなるそうです。それに無理に膨らみを抑えようと、ヘアオイルをつけ過ぎるのも、これまたよくないです」


「そうか……」と言いながらタム令息は自身の髪に手で触れ、そしてヘアオイルが指についたようで「確かにつけ過ぎだ」と呟いた。


「ただ、理髪師さんにはそれぞれの考え方があると思います。一度、今の理髪師さんに相談し、セカンドオピニオンで別の理髪師さんに話を聞いてみてもいいかもしれません」


 そこで出来上がった珈琲を出すと、タム令息は「いい香りですね」と微笑む。

 だがそこで令嬢三人組のひと際甲高い笑い声が聞こえると、珈琲を持ったまま固まっている。


「縁談話でお断りの経験が重なると、人間不信になりそうですよね」


「……はい。実は女性が若干、苦手です。特に溌剌とした若い女性は」


「なるほど。今後の縁談話では、同い年や年上女性、死別歴ありの女性とお会いになってもいいかもしれません」


 これにはタム令息が「えっ」となるが、多分、固定観念があるのだろうなと思う。

 それは前世の結婚相談所にくる男性も同じ。何かと若い女性を求めるのは、男性の生殖本能だと思う。だが特に結婚相談所はそうなのだが、年下ばかりではなく、年上を見ると、思いがけない素敵な出会いに繋がるのだ。


 この世界では離婚は基本的に認められていない。だが前世ではそうではなかった。前世で離婚歴がある女性は「見た目だけで選んで失敗した」「金に釣られて結婚したら最悪だった」そんな風に手痛い失敗を経験した方もいる。その上で今度こそはと大枚をはたき、結婚相談所に登録しているのだ。つまりそれだけ真剣に、もう失敗したくない――なのだ。


 そうなると以前では会わないような男性とも「会ってみる」と言い出すのだ。容姿重視や年収重視から、性格や価値観の一致に重きを置くようになる。より相手の内面性を見るようになるのだ。


 いわゆるバツイチ再婚カップルで、奥さんが離婚歴ありのハイスペックで、初婚の旦那さんは意外と普通――これは私の結婚相談所のコーディネーター経験からしたら、何もおかしなことではなかった。


 一方こちらの世界では、死別で独身に戻った女性は、本来幸せな人生を送るはずだった場合も多くある。それでも死別した女性より、初婚の女性がいいという神話があり、腫れもの扱いでなかなか再婚が進まない。再婚しても相手の男性に訳ありの場合が多かった。


「死別した女性で、再婚に前向きな方もいらっしゃいます。それに年上女性だからこその包容力や余裕もあると思いますから。落ち着いたパートナー関係を築くことができると思います。食わず嫌いにならず、そういった縁談の話があれば、一度は受けてみてはいかがでしょうか。いくら私が口で説明しても、“百聞は一見に如かず”ですから」


 ここで看板メニューのパンケーキが登場。タム令息の目が輝く。

 美味しそうにパンケーキを食べながら、タム令息は呟く。


「そうですね。どこかで自分のことを棚に上げ、レッテルを貼っていました。一応、ボクは次期男爵家の当主ですし、家門の名のおかげで、縁談話はゼロというわけでありません。これまでお断りしたような方でも、まずは一度。会う所から始めて見ようと思います」


 今、タム令息のところへ届く縁談話には、死別経験ありの女性も相応にいると思う。これまでは初婚へのこだわりがあったと思うが……。考え方を少し変えるだけで、幸せに出会えることは多い。


 タム令息に幸せが訪れますように――心の中で祈りを捧げた。

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