俺だけの特権
「あ、あれな。イノシシの骨を煮込んだスープだよ。厨房に入ったら、最初にスープに着手だった。料理を盛りつける直前まで、煮込んでいた。味つけは、塩だけ。だが旨かっただろう?」
「はい! あれで野菜を炒めたり、ピラフの味付けに使ってもいいように思えました」
私がそう答えると「ナタリーお嬢さんは、本当に不思議だ。伯爵令嬢なのに。料理についても詳しい」と言われ、背中に汗が伝う。前世で一人暮らしだから、料理は、ね。ある程度、分かる。
ひとまず誤魔化すように、話題を変えた。
「メインで登場したカツレツも、美味しかったです。揚げ物なのに、さっぱりしていて。あの濃厚なスープを経た後なのに、パクパクいただけました」
「それは良かった。オリーブオイルで揚げたんだ。外の衣はサクサクだっだろう? 使った部位は、食べやすいモモ肉。元々脂が少ない鹿肉は、揚げ物向きなんだ」
「そうだったのですね。ポートランド公爵もレナード様も、このカツレツを食べ、感涙していましたよ」
するとデグランは輝くような笑顔になり「本当に? それは良かった」と嬉しそうにしている。
「ポートランド公爵は、同行した狩人の皆さんと、娯楽室へ行きました。ビリヤードでもしているのかもしれません。レナード様は、ロゼッタと温室へ行きました。二人に会いに行かないで、いいのですか?」
「狩りの最中、散々、二人とは話した。それに夜は、家族全員でディナーだ。どうせそこで話はできる……。なあ、ナタリーお嬢さんもロゼッタも、ディナーはいいのか?」
本当は、ディナーにもお邪魔したいな、と思っていた。でも狩りに同行させてもらったのだ。ディナーには、狩りに参加できなかった弟のジークもいる。きっとデグランと話したいはずだ。ポートランド公爵夫人も、間違いなくデグランと話せるのを楽しみにしている。
ならば今晩のディナーは、家族水入らずで楽しんでもらいたいと思った。だからロゼッタと私は、この後、そのままそれぞれの家に帰ると伝えていたのだ。
「私も家族とディナーをするので、今日は遠慮させていただきますね」
「そっか」
なんだかデグランが寂しそうにしている。
そこで私はバスケットを取り出す。
「デグラン様は、調理中に味見で満腹になると言っていましたが、甘いものは別腹では?」
そう言いながら、バスケットの蓋を開けると、デグランが満面の笑みになる。
「デザートは、アイスクリームだけにしてくれましたよね。私がジャムタルトを用意すると話していたので。おかげで皆さん、私のジャムタルトも楽しんでくれました。でもまだ残っています。デグラン様、いかがですか?」
「いただくよ! 食べ損ねたと思っていたから、嬉しいな」
「ではどうぞ。これが木苺のジャムのタルト、それはレモンジャム。こちらはアプリコットジャムです」
デグランは大喜びで、次々とタルトを頬張る。
口の端に、生地のかけらがついている様子は、まるで子供みたいだ。
「……料理ってさ。俺にとって、作って誰かに食べさせるのが、当たり前。だからこうやってナタリーお嬢さんが手作りしたジャムタルトを食べられるの、すごい幸せだな」
そっか。料理人って、そんな風に感じるものなのね。
でも私の手作りタルトくらいで、幸せ、だなんて。
元宮廷料理人で、スー・シェフまで務めたのに、デグランは!
ただ、それがデグランなのだ。
デグランといると、他愛のないことにも、幸せを見い出せる気がする。
「カフェの看板メニュー、デグラン様はいつでも食べられるんですよ。言ってくれれば、ちゃんと作りますよ、私」
「あー、そんな約束していたな。うん。そうか。ナタリーお嬢さん、俺のためにパンケーキ焼いてくれるのか。……これは俺だけの特権だな。アイツは俺が作ったパンケーキしか、基本的に食べられないからな。うん。勝った!」
後半、デグランは独り言を呟き、なんだかドヤ顔になっている。
こんな時のデグランは本当に。
お子ちゃまだ。
すっかり安心した様子のデグランは、冬晴れの青空を眺め、目を細める。そしてふわっと小さく欠伸をした。
「ちょっと頑張りすぎたかな。俺、眠くなった。……ナタリーお嬢さんの肩、借りてもいい?」
「! え、ええ、どうぞ」
私の肩にデグランがもたれる。
ふわっとシャボンのいい香りが漂う。
つい数時間前まで、獣と格闘していたとは思えない。
「……ナタリーお嬢さん」
「はい」
「俺って、料理ができるぐらいしか、取り柄がないんだけど」
デグランが突然、変なことを言い出したので、即刻否定する。
「!? 何を急に言い出しているんですか!? 料理しか取り柄がないだなんて! そんなこと、ないですよね? デグラン様は気配りができて、仲間思い、そしてとても優しい。愛嬌もありますし、それに……」
「ストップ、ストップ!」
「?」
チラリと見ると、目を閉じたデグランの顔が赤くなっているような。
「ナタリーお嬢さん、それ買い被り過ぎ」
「そんなことはないと、思いますけど」
「でもそんなに褒められたら、勘違いするだろう?」
何を勘違いするというのかしら?
「ナタリーお嬢さんが俺のこと なんじゃないかって」
「ナタリーお嬢様、デグラン~!」
デグランの言葉に、ロゼッタの大声が重なった。
「ねー、見て、見て! これ、ほら! サボテンの花! レナード様がくれたの!」
ロゼッタの髪には、淡いピンク色の花が飾られている。
「あー、ロゼッタ! お前は肝心なところで……」
デグランがベンチから立ち上がる。
ふわりと吹いた風が、しゃぼんの残り香を、私のところへ運んだ。














