それだけが目的(?)の婚約者
イエール氏とセーラが来店した翌日からは、週末営業で、お店はもう大忙し!
それでも日曜日の夕方になると、店内の混雑は、ひと段落する。
もうあと一時間もしたら、カフェのクローズを少しずつ始め、パブリック・ハウス「ザ シークレット」のオープンに向け、準備だった。
いつもの装いのデグランは、洗い物をしている。深緑色のスーツ姿のバートンは、カウンターテーブルを布巾で拭いてくれていた。ストロベリー色のワンピースに、クリーム色のエプロンの私は、売り上げの帳簿の整理だ。
そこでカラン、コロンの鐘の音。
モブ同盟のオレンジブラウンの髪に、茶色の瞳。私と同年代と思しき令嬢が、一人でフラリと現れた。店内にはカップルが一組がいたが、そこはラブラブで完全に二人の世界。その様子を見た令嬢は、安心した様子で、私を見る。イエール氏の定位置の席が空いていたので、そこに案内すると、ちょこんと腰かけた。
初めてのお客さんなので、私の説明をじっくり聞き、看板メニューのパンケーキとアッサムティーを注文する。そしてその茶色の瞳を私に向け、なぜだか顔を赤くし「あの……」と声をかけた。
間違いなく、恋愛相談だと思い、応じると……。
「実はその……私、来月、結婚なんです」
「まあ、おめでとうございます!」
「ありがとうございます。……それで大きな声では言えないのですが」
そこで令嬢が声を潜めるので、私はカウンターから身を乗り出すようにして、話を聞くことになる。
「その、本来、ダメなんですよ。でも、その、私の婚約者は……どうしてもと言って。それで結婚前なのですが、そういう関係になりまして……」
これには私、多分、顔が真っ赤!
だ、だってこれは、そっち系の悩み相談だと分かったからだ。
基本的に前世の結婚相談所の会員で、この手の話を相談してくる会員様は少なかった。そう、少ない。少ないだけで、大胆不敵にもこの手の相談をする方も、ゼロではなかった。そしてこの女性は……どうやら大胆不敵なタイプのようだ。ううん、違うかな。この世界だとさすがにこんな話題、赤の他人にしか相談できないだろう。こんなこと、親友や家族に相談できるはずがない。何せそういうことは結婚してからね、が大前提なのだから。
「本来、結婚後に許されることですし、私は『ダメよ』と言うのですが、彼はデートで会う度にそればかりで……。私、なんだか不安なんです。彼は体が目的で、デートしているのではと」
なるほど。それは……前世でも相談に乗ったことがある悩みだ。
非常にデリケートで、相談しにくい悩みの一つ。
そしてこれは、判断が難しい悩みでもある。
前世であれば、体目的の男性というのも存在していた。そんな男性に騙され、悲しい気持ちになる女性も多かった。そこを見極めるのは、相手の男性をしっかり知らないと難しい。一番いいのは、その男性の昔からの友人に、話を聞くこと。女性関係が派手だったとか、彼女がとっかえひっかえだったとか。性格・気質から、体目的かどうか、ある程度は判断できる。
その一方で、手当たり次第というわけではなく、単純にそちらの欲求が強いだけの男性もいるのだ。ゆえにここは一概にこれだと、絶対に体目的!と、言い切れないのではあるけれど……。
それでもやはり重要なのは、コミュニケーションだ。話題にしにくいことではある。聞きにくいかもしれない。だが「会う度にそればっかりだと、目的がそれだけなのかと、少し心配になる」と打ち明けることがスタートだ。体が目的だったら、そこで面倒とばかりに、フェードアウトする。一見、真摯に相槌を打ち、話を聞いても、結局やることはやるような相手は×。
気持ちいいことはしたい。でもそれ以前に彼女のことが大切。彼女の不安な気持ちを取り除き、そのためには我慢も辞さない相手であれば、それは本物なのではないか――と私はアドバイスをするようにしていた。
我慢をできる人間かどうかは、実はとても重要。我慢ができなければ、すぐに怒る、暴力を振るう、怒鳴る――そんな行動にもつながり兼ねないからだ。
ということでこの令嬢の場合であるが、前世の悩み相談とは、少し違ってくる。なぜならもう結婚まで秒読み段階であることと、前世とは社会規範が違うのだ。さらにこの世界では、娼館も存在している。この令嬢は貴族に見えるので、婚約者は貴族だろう。そうなると娼館へ行くお金はある。あとは外聞であるが、そこはご令息の皆さん、バレないように通っていた。病気だけは要注意ではあったが。それを踏まえ、令嬢へアドバイスすることになる。
「そうですね。体だけが目的かと言いますと、判断は難しいですね。嫌がるのに強要したり、そこで暴力があれば、恥を忍び、ご両親に相談した方がいいでしょう」
まずはそう切り出し、話を続ける。