常連さんの二人の男女
「……来週の水曜日の約束で、頭が一杯のようだな、ナタリーお嬢さん。来週の月曜日の約束は、覚えているかな?」
渡された濃紺の布の中には、それなりの重量のものが、入っているようだ。重みを感じる。私がそれを受け取ると、デグランは拗ねたように、約束を覚えているかと言い出した。
デグランとの来週の月曜日の約束。
勿論、覚えている。
月曜日はデグランも私も店休日。
そして来週の月曜日、デグランは自身の父親とお兄さんと共に、狩りに行くことになっていた。そこへ一緒に行かないかと、デグランは誘ってくれたのだ。仕留めた獲物は、その場でバーベキューにするということは。デグランの豪快なバーベキュー料理が楽しめる!
ロゼッタは、兄であるバートンに頼み込み、画材屋の店番を免除してもらい、同行することになっていた。
「覚えていますよ。その日のために、ワンピースも用意したんです。アイボリーの生地に、ボタニカルな模様がデザインされたもの。お揃いのつばが広い帽子も。食事はバーベキューですよね。ですから私はデザートに、ジャムタルトを用意するつもりです」
「そうなのか……! そんなに楽しみにしてくれていたのか?」
「はい。デグラン様が初めて、父親である公爵様とお兄様とする外出なんです。そこに同行できるだけでも、光栄なこと。粗相がないようにしたいですし、せっかくですから、素敵な思い出になるようにしたいじゃないですか」
デグランの顔が、ぱあぁぁぁっと明るく輝く。
なんだかデレデレになりながら、デグランは沸いたお湯で、ティーアーンの紅茶を作り始める。
きっと父親とお兄さんとの外出は初めてだから、緊張していたのね。私とロゼッタが同行することで、安心してあんな顔になっているのだわ。
「ところでデグラン様、これ、開けてもいいのかしら?」
「あ、ああ。勿論!」
白いリボンをほどくと、濃紺の布に包まれていたのは、銀製のスプーン、フォーク、ナイフのセット。ハンドル部分が、美しい光沢のある白蝶貝でできている。ナイフのブレードには、草花模様が彫られ、とても上品。
「デグラン様、ありがとうございます。これはもしかして、持ち歩き用のカトラリーですね?」
「うん。ピクニック用だ。以前、ピンとカフスボタンをプレゼントしてくれただろう? 白蝶貝の。これ、なんだかお揃いだから……」
デグランの頬がポッと赤くなっている。
お揃い……ということに照れているのかしら?
自分で選んだのに!
なんだかデグラン、意外と可愛いところがあるのね。
「何それ~! なんだか高級そう~。それにマイ・フォーク、マイ・スプーン、マイ・ナイフ! デグラン、私にはないの! ねー、デグラン! ナタリーお嬢様だけなんて、ずるーい!」
ロゼッタの声に、あやうくティーアーンに注ぐ紅茶をこぼしそうになったデグランだが、体勢を整える。
「あ、あるよ、ロゼッタ。そんなに騒ぐなよ!」
デグランは、エプロンのもう片方のポケットから、青いリボンが飾られた白い生地の布を取り出し、ロゼッタに渡す。「わーい」と喜んだロゼッタが布を広げると、そこには透かし彫りが美しいナイフ、フォーク、スプーンの三点セットが入っている。
「えー、なんで私のは白蝶貝じゃないの~?」
「当たり前だ。まったくのお揃いだと、区別がつかなくなるだろう?」
「あ、そっか」
そこで扉から、カラン、コロンの鐘の音。
やってきたのは常連さんの二人の男女。
紫黒色のセットアップを着たイエール氏。そして王立サンフラワー学園の、ピンクに紺色のチェック柄のワンピース、紺色のボレロという制服姿のヒロイン、セーラ!
王立コンランドアカデミーの理工学部で教鞭をとっているイエール氏は、他人に無関心、恋愛に興味なしだった。だが両親から縁談話をすすめられ、どうすれば恋愛する気になれるのかと、恋愛相談カフェ「キャンディタフト」にやって来た。
他人に無関心なイエール氏が、いきなり恋愛を始めるなんて、無理だろう。そこで私はリハビリとして、カフェに来ることを提案した。カフェでまずは私と会話することから始めようと、アドバイスしたのだ。
アカデミーからカフェは近いこともあり、イエール氏は頻繁にカフェに通い、その中でヒロインであるセーラとも知り合うことになった。そしてセーラが、婚約者のいる第二王子に横恋慕していることを自覚しつつも、自身の気持ちをコントロールできていないと気づいたイエール氏は……。
セーラの精神的な成長を促すことにした。
まず勉強嫌いなセーラに対し、イエール氏は「思うに、あなたは過去に、失敗を経験した学習体験があるのでは? そこから勉強は苦手……という思い込みができたように思いますよ。それを克服できれば、勉強することの抵抗感がなくなると思います。もしよろしければ、私が個人授業をつけましょうか」と提案。もちろん変な誤解を生まないよう、報酬をもらい、個人授業をつけるようになった。
勉強嫌いを克服することで、セーラは精神的に成長する。そうなれば、自分が横恋慕していることを、善悪を持って判断できるようになると、イエール氏は考えた。その目論見は見事的中し……。
セーラは第二王子と別れ、第二王子の婚約者である悪役令嬢ニコールとも和解した。
そして現在のセーラは、カフェの常連であるイエール氏の定位置、カウンター席の一番端、ティーアーンから最も遠い席に座る彼の隣に、陣取るようになった。
「ご注文は……」
「「マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ、アッサムティー!」」
イエール氏とセーラの声が揃い、笑いそうになる。
平日二日と日曜日の夕方、つまりは週に三回、個人授業は続いていた。でも今日は普通にパンケーキを食べに来ている。そしてこれは先週も同じことがあった。
もはや週の半分は共に過ごしている。そしてセーラは間もなく学園を卒業するのだ。
二人の間に何か芽生えても……と思うけれど、どうなのかしら?
今は授業ではない。だが二人は真面目に、利水と治水を目的とした多目的ダムの有用性について、語っている。
セーラが「そんな……。私、学校の成績も、ギリギリなんですよ。お父様が多額な寄付をしてくれて、それで補習や再試験を受けてさせてもらい、なんとか進級できたぐらいなんです」と語っていたことが幻と思えるぐらい、彼女は成長していた。














