拝みたい……!
アレン様は、前世で私が推していたヒロインの攻略対象!
でもヒロインであるセーラは、アレン様とはほぼ絡むことなく、現在に至っている。おかげでアレン様は、婚約者もいない。ゆえに王都中の令嬢が、彼に心をときめかせている。
そのアレン様は、妹君のレネ公爵令嬢の来店をきっかけに、看板メニューのパンケーキを食べに来てくれた。そしてその味を気に入ってくれたアレン様は、騎士団の副団長という激務の合間を縫って、ちょいちょいカフェに足を運んでくれている。
「ナタリー嬢、こんにちは。今日は今から夜間勤務なのです。渡したいものがあり、立ち寄らせていただきました」
そう言って微笑むアレン様の微笑みの美しさと言ったら……。
容姿端麗なところは勿論、剣聖と呼ばれ、また馬術の達人。槍も得意で、かつ公爵家の嫡男であることから、相応の教育を受けており、数字にも強かった。諸外国へ遠征することで、自然と語学力もあり外交も得意。
何よりもとても高貴な性格をしていた。その上で騎士道精神を、王道でいっていたのだ。ここまでのハイスペック、現実では存在しないと思う。乙女ゲームだから実現した逸材。
もうひれ伏し、拝みたくなるのを堪えながら、口を開く。
「アレン様、そんなお忙しい中、足を運んでいただけて光栄です。……渡したいもの、何でしょう?」
するとアレン様は、青いリボンが飾られた白い長方形の箱を、私に差し出した。
布巾で手を拭き、恭しく「ありがとうございます」と受け取る。
この世界では、プレゼントでも、前世の日本のような過剰ラッピングはない。箱にリボンがついているだけ。よってそれをほどけば、パカッと開けることができる。
もらったプレゼントはその場で開封し、御礼の気持ちと喜びを伝えるのが、この世界での慣習。そして他にお客さんもいないので、私は早速、開けさせていただくことにした。
「あ……」
そこに入っていたのは、オペラグローブ!
オーソドックスな、黒のシルクのオペラグローブと思いきや!
右手の手首には、パールがブレスレットのように飾られている。
左手の中指には、パールが指輪のようにあしらわれていた。
なんてお洒落なのかしら! しかもこのパールは本物。
このオペラグローブ、通常のものの、何十倍もしそうだ。
こんな高級品を、さらっとプレゼントできるなんて。
さすが騎士団の副団長であり、筆頭公爵家の嫡男!
「来週の水曜日のオペラ。良かったらこちらを着けてきてください。お誘いしたのはわたしで、ナタリー嬢にお付き合いいただくことになるので。応じてくださった御礼の気持ちでもあります」
アレン様のこの言葉に、即答で答える。
「わざわざお気遣い、ありがとうございます! 観たいオペラでした。でもチケットが入手困難で、あきらめていたんです。お誘いいただけて、天にも昇る気持ちでした。それなのにこんなにお洒落で素敵なオペラグローブまで……来週の水曜日、楽しみにしています!」
「それを聞けてよかったです。わたしも水曜日、楽しみにしていますよ」
輝くようなアレン様の笑顔に、体温がググっと上昇した気がする。
来週の水曜日、アレン様と観劇するのは、ジョアキーノ・ベルリオーズの最新作『霧の城』。
このオペラのチケットは、入手困難だった。
ジョアキーノ・ベルリオーズは、前世で言うならプッチーニのような人気作曲家。新作の公演があるという情報が駆け抜けた瞬間、チケットはソールドアウトだった。
だがアレン様は、さすが筆頭公爵家。
チケットを入手しており、なんと一緒に観に行こうとお誘いしてくれたのだ!
そこでルグスとロゼッタの会話が聞こえてくる。
「レディ。では来週の水曜日、楽しみにしています」
「は、はいっ。あ、あた、私も楽しみにしています」
ルグスは、アレン様の部下の騎士。よく二人でこのカフェに、来店してくれていた。
ルグスは青みを帯びた紫の短髪、日焼けした肌に、髪色と同じ色の一重の瞳。見事なメロン肩で、背中は冷蔵庫、ナイスバルクな立派な体躯をしている。もう見るからに屈強そうな騎士であり、本格的なマッチョマン。そしてロゼッタとは、なんだかいい感じなのだ。
二人は演劇を共に観に行き、その後、何度か出かけている。そして私とアレン様がオペラを観劇する日、二人はレストランで食事をする約束をしていた。
「「それでは、失礼します」」
アレン様が私の手を取り、甲にキスをするのと同時に。ルグスはロゼッタの手の甲へ、キスを捧げていた。そしてアレン様とルグスはマントを翻し、颯爽とカフェを後にする。
「「はぁ~。騎士様素敵~」」
ロゼッタと私が、お互いの両手をあわせ、うっとりとため息をついた瞬間。
ぽすっと頭に手を乗せられた。
デグランが私とロゼッタの頭に手を乗せ、盛大に息をはいた。
「……二人とも、ぼーっとしない。ロゼッタはカウンターテーブルの皿やカップの片づけ。ナタリーお嬢さんは、ティーアーンの補充を手伝ってくれ」
「「はーい」」
ロゼッタはカウンターへ向かい、私は厨房へ向かうデグランの後へ続く。
竈でお湯を沸かし、ティーアーンにいれる紅茶の準備を始めると……。
「ナタリーお嬢さん」
デグランが、つけている黒のエプロンのポケットから、何かを取り出した。それは白いリボンが飾られ、丈夫そうな濃紺の生地に包まれている。
「これを」
「?」