かまってちゃん令嬢
オープンしてしばらくは、昨日、混雑により帰ったお客さんが、リベンジで来店してくれた。
これは奇跡だと思う。
普通は「どうせ混雑していそうだから、しばらく行くのは止めよう」となってもおかしくないのに! なぜまた来ていただけたのかと聞いてみると……。
「黄金パウダーのパンケーキというのが、気になってしまって。聞いたことないでしょう。それに昨日、とても美味しそうな香りをかいでしまったから……。あの香りを堪能してしまったら、諦められないですわ。絶対に食べてみたいと思ってしまい、今日も来てしまったの」
こんな風に言っていただけると、きな粉、万歳になってしまう。
そんな感じでマダム三人組や令嬢二人組の来店が続いたが……。
ティータイムの時間に、フランス人形のような令嬢が来店した。
モブなのだけど、髪色はゴールドブラウンで、かなりブロンドに近い茶髪。瞳はアプリコット色だ。頬はふっくらとして唇はローズ色、小顔でワイン色とピンク色のギンガム柄のドレスもとても可愛らしい。
ミルクティーと看板メニューのパンケーキを注文した令嬢は、隣のマダム二人組の様子を確認する。マダム達は、最近流行りのオペラの話に夢中になっていると分かると、令嬢が私を見た。これはもしやと思い、声をかける。令嬢は予想通り、恋愛相談を始めた。
パンケーキ作りはデグランが、ミルクティーはロゼッタが対応してくれている。おかげで私はじっくり相談を聞くことができた。
その恋愛の悩みは……。
「十五歳で婚約し、昨年、学校を卒業しました。一年後には結婚ということで、準備を進めているのですが……。彼は学校を卒業し、事務次官として宮殿で働き始めたのです。すると日々、残業。休み返上で仕事をしていて、全然デートもしてくれないのです!」
これまた私が担当していた会員様で、見事マッチングしたものの。
交際が上手くいかないと言うことで、寄せられる悩みでよくあるものだった。
男女どちらの立場も問わず「仕事が忙しくて会えない」と言われた場合、考えられること。それは……。
まず、本当に忙しい場合だ。
ここで忙しいことを口実に、実は浮気をしているのではないか。同時進行している別の会員と会っているのではないか。などと考え、詰め寄るのは……アウトだ。
特に夜、「仕事が忙しくて会えない」の意味を考えるのは、非常にまずい。どうしたってネガティブな理由を思いつき、相手を疑ってしまう。
この場合、電話やメッセージなどで、問い詰めるのはNG。
会って相手の顔を見て、話をすることが重要だ。
話をする時も、感情的にならず、落ち着いて伝えることが大切。「本当は浮気でもしているんじゃないの!?」とは絶対に言ってはいけない。
「仕事が忙しいのは分かる。極力邪魔をしたくないと思う。でも寂しいの。次に会える日を決めてもらえると、安心できるかな」
自分がどう感じ、どうして欲しいと思っているのか。それを冷静に伝えることが重要だった。これは女性あるあるで、「言わなくても分かるよね?」になりがち。だが男性は「言われないと分からない」なのだ。
よって自身が何に困っているのか、どうして欲しいのか、それを明確に伝えることが大切だった。そんなことで解決するの?と思うが、解決する。
言われて初めて気づく男性が、意外と多いのだ。
こんな風に。
「仕事で忙しくて会えないのは仕方ないこと。そんなの分かってくれていると思っていた。まさかそんなに寂しいと思っているなんて……」
そこでようやく気づいてもらえる。さらに。
男性自身も「不安にさせていたのか。申し訳ないな。次に会う予定ぐらい、今日、決めて帰ろう」と前向きになってくれるのだ。
ただしこれは、相思相愛の場合。
付き合ってみたが、タイプではなかった。かといってこちらから別れを言い出せない。会いたくない。よって仕事を口実に「会えない」と言っている場合。
これは前世であれば、もう別れることをおススメしたい案件だった。
というのも「こちらから『別れる』と言ったら、相手が傷つき、可哀そう」を言い訳にしているような方は、一見優しい……と思えてしまうが、その真逆。なぜなら「別れよう」と自分から言うことで、相手から何か言われることを「面倒だ」と思っている可能性がとても高いからだ。
どこかで自分が悪者になりたくないという気持ちも、見え隠れする。会えないことで、相手が諦め、別れを切り出してくれたらいいのに――そんな期待を無意識で持っている。
この場合の本当の優しさ。それは、「交際してみたが、運命の相手とは違っていた。これ以上、ずるずると付き合うのは、お互いにとってためにならない。時間の無駄になるだけだ。だから別れよう」と言えること。
「仕事が忙しいから会えない」を口実にして、ずるずると関係を続けるような相手は「×」なのだ。
よって前世の担当している会員であれば、今のようなことをやんわり伝え、次へ進むことを促す。勿論、最善は、別れる前になんとか一度対面で会い、真意を聞くことが重要だと伝えているが。
だがここは前世とは違い、貴族と言えば、婚約。そうなるとタイプではないから会いたくない、別れたいが許されないのだ。
こうなってしまうと解決策は一つ。歩み寄るしかない。歩み寄る、それすなわち話し合うしかなかった。そこはもうドライに、その後の結婚生活がスムーズに行くよう、話し合うしかない。理不尽だがこの貴族世界で結婚は、家同士の結びつきを強め、協力関係を結ぶための手段。損得なしの貴族同士の結婚なんて稀だった。
もしそこをどうしても許せないということであれば、勘当されることを覚悟で、婚約解消をするしかない。
だがどうなのだろう?
私にこの相談をしているフランス人形みたいな令嬢の婚約者は、心から別れたいと思っているのだろうか。そこを確認すると……。
「とにかく仕事が忙しくて会えません。でも……手紙は来ます。二日に一回ぐらい。後、花束も一週間に一回は届けてくれます」
令嬢の答えには私はこれが「本当に仕事が忙しくて会えない相思相愛の場合」であるとすぐに理解できた。好きでもない相手に二日に一回、手紙を書くなんて無理なこと。ましてや毎週のように花束を贈りたいとは思わない。
これは完全に令嬢が「かまってちゃん」化しており、欲張りになっているだけだ。
婚約者のことが好きすぎて、「もっと、もっと」になっている。手紙も花束も届くなら、相手は本気で忙しくて会えないだけだから、ここは「もっと、もっと」は止めた方がいいこと。さらに感情的にならないことをすすめることになった。
出来立ての看板メニューのパンケーキを食べる令嬢に、一通り私がアドバイスをすると、彼女は目を輝かせた。
「つまり彼は本当に仕事が忙しくて、でも私に会いたいと思っている。それは手紙と花束からも明白。もし本当は好きではなく、義務的な対応であれば、手紙も花束も月に一度届くか、届かないだろう――ということですね」
「そうです。学校を卒業し、働き始めてすぐは一番忙しい時でしょうから、今は応援してあげた方がいいと思います。もし何か趣味をお持ちでしたら、そちらに没頭するのがおススメです。婚約者のことばかり考えてしまう。それはご自身に余裕がある可能性が高いですから。他に忙しいことがあれば、婚約者が忙しくしていても、目をつむることができるはずです」
これは本当にそう。
前世の女性会員で頻繁に私のところへ相談に来るのは、結局時間があるからだ。
私のアドバイスを聞いた令嬢は、こんなことをポツリと口にした。
「私……刺繍が得意なんです」
「そうですか。それでしたら婚約者の方のシャツの襟や袖に、刺繍を縫い付けてもいいと思います。イニシャルや紋章を刺繍でつければ、オシャレですし、喜ばれると思いますよ」
これには令嬢の顔がぱあああああっと輝く。
どうやら彼女の悩みは解消されたようだ。
ホッとしたのも束の間、新たなる悩みを抱えた令息が、来店した。














