恋愛相談?
「では早速だから相談させてもらうよ。実は、婚約者と母上のことで悩んでいる」
兄のこの言葉に、歯軋りマダムのこと思い出す。
彼女は恋愛相談カフェ「キャンディタフト」のオープン初日に来店してくれた。そして恋愛相談をしてくれた、一人目のお客さんだった。だがその悩みは「夫の歯軋りに悩んでいる」というもの。それは恋愛相談ですかー!と思ったものの、前世知識を総動員し、出来る限りのアドバイスをした。
兄がこれからしようとしている悩み。それは「嫁姑問題」ではないかと思った。
それを恋愛相談として、妹である私に話します?と思う。
さらに私で対応できるだろうか!と思うのですが!
結婚相談所では、会員をマッチングさせ、カップルが成立しても、そこで終わらない。成婚退会するまで、会員は悩みを相談してくる。その中で、「彼はいい人なんです。でも義母になる方がちょっと……」ということで、相談されることは……あるんです。
つまりはそちらの悩みについても、アドバイス、できちゃうんです、私。
ということで一体、母親と兄の婚約者は、何を揉めているのかと思ったら……。
「僕は間もなくアカデミーを卒業する。卒業後は遊学に出るだろう? 遊学は一年。その間に僕の婚約者エリンは、結婚式の準備を頑張る。同時に、母屋で夫婦の部屋の準備をすることにもなる」
私は入れたてのアッサムティーとミルクを兄の前に出し、話を促す。
「僕は嫡男だから、いずれ家を継ぐ。だからエリンは結婚したら、母屋で僕達の両親と共に、暮らすことになる。それで先日、たまたま夫婦の寝室のカーテンの色の話になった。母上とエリンと僕の三人で、舞台を見て、食事をしていた時のことだ」
兄はミルクを入れ、スプーンでかき混ぜると、優雅にティーカップを口元に運ぶ。
その姿は上品であり、次期伯爵家当主に相応しい。
「母上が、カーテンは大量発注するとお得になるから、廊下のカーテンも全部変えようと言い出したんだ。それで今、廊下は赤い絨毯が敷かれ、カーテンも彩度の低い、落ち着いた赤だろう? 今回も同じ色味か、ワイン色にしようと思うと、母上は言った。するとエリンが『チョコレート色が今、流行なので、どうですか?』と言い出した」
つまりカーテンの色で、嫁と姑の二人の意見が分かれた。そして兄に「どちらの色がいいのか」と迫ったのだと言う。
「お父様の意見は?」
母屋の女主人は母親だが、もう一人の主は父親だ。ここは父親の一声が鶴の一声となり、決まるのではと思ったら……。
「カーテンの色なんて、お前たちの自由で決めていい――そう言われた」
ここはある意味、父親は、女の面倒な争いに慣れていると思った。つまりはうまいことスルーした。これをされると兄は……。次期当主として、いろいろ勉強はしている。でも女性の扱いについては、まだまだ未熟。困った挙句、この恋愛相談カフェに来店となったのね。
「お兄様。この悩み、間違いなく、今後も発生します。今回はカーテンでしたが、結婚式の準備ともなれば、料理のメニュー、ナプキンの色、飾る花の色から始まり、それはもう、嫁姑の間で、いろいろあるでしょう」
前世では、わりと新郎新婦に任せるわ……という親御さんが増えてきた。それでもみっちり関りたがる方もいるわけで。そうなるといろいろ口出しされることに、新婦が「キーッ」となることしばし。この時、間に立たされる新郎は、たまったものではない。
「そ、そうなのか……。僕は一体どうしたらいいんだ……?」
「まず、逃げてはダメです。逃げると、エリン様とお母様の両方から、敵認定されます。一度その認定を受けると、誤解は解けません。以後、針のむしろです。対処するしかありません」
兄は「そんな面倒な」という顔をするが、結婚とはそういうものなのだ。当事者二人がラブラブでゴールインし、お終いではない。特に都会で双方の親が近くにいる場合、この問題は日常的につきまとう。それが面倒であれば、前世なら結婚をしないという選択肢もあるだろうが、兄は次期当主。結婚は必然。逃れられない。
「まず、双方の言い分を聞くことが、スタートです。女性はコミュニケーションを重視します。聞いてもらえるだけで、半分くらい、スッキリしてくれるんです」
「聞くぐらいならまあ、僕でもできるが……」
「聞くと言っても、傾聴です。相手が話している最中に、余計な意見は言わない。とにかく長いと感じても、まずは我慢して聞く。すべて聞いた上で『それで君はどうしたいの?』と聞くわけです。そこからは、説得を試みることになります。そこで大切なのは同調です。否定ではなく、同調からスタート」
これは何も嫁姑問題だけではない。恋愛でも、仕事でも、友人関係においても、当てはまる。自分の思う所を吐露した女性に対し、いきなり否定では、怒りと不信しか引き出さない。
「エリン様に対しては、こんな風に言うのはどうですか。『カーテンの色、流行のチョコレート色にする。確かに廊下の絨毯は赤だし、色として合うと思う。僕もそれはいいと思うな』――そんな感じで最初は同調してあげてください。その上で、提案です」
兄が真剣そのもので私を見ている。私は話を続ける。
「例えばこんな風に話します。『どうしてもチョコレート色ではないと、ダメかな? 今回、廊下のカーテンを変えると言い出したのは母上だ。今回は母上を立て、次回買い替える時。その時は、流行色やエリンがいいと思う色を提案しては? 母上も一度譲ってもらっている。だから次はエリンの提案を、尊重してくれるのでは? 勿論、その時は、僕もエリンが言う色を推すよ』こんなに感じで提案するのです」
「なるほど」と何度も頷く兄に、私は付け加える。
「ですが、『次まで待てないわ!』とエリン様が困ったちゃんになった場合。どうするか、です」