キャンディタフト
屋敷の離れへ戻る帰りの馬車で、私はいい感じでほろ酔いだ。
馬車の揺れに身を任せ、今日一日を振り返る。
恋愛相談カフェ「キャンディタフト」。
キャンディタフトは、花の名前だ。
砂糖菓子のような可愛らしい花で、花言葉は「初恋の思い出」。
恋愛相談ができるカフェであり、看板メニューはパンケーキ。
花言葉とその砂糖菓子のような花であるキャンディタフトを店名にするのは、正解に思えた。
そのキャンディタフトのオープン初日は……。
甘い香りが漂う店内で、一人90分制にして、デグランとバートンに手伝ってもらい、なんとか閉店時間まで、お客さんを迎えることができた。
ティーフリーは大好評で、何杯でも好きなだけ飲めること、自身の好きなタイミングでお代わりを飲めるところが、喜んでもらえたと思う。自ら紅茶をいれることに、文句はなかった。
看板メニューの「マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ」は大絶賛だった。やはり黄金パウダー=きな粉が珍しがられ、喜ばれた。
そして。
恋愛相談!
今日、来店したお客さんは、デグランが言っていた通り、ご祝儀で来てくれたと思う。なぜならパブリック・ハウスの方で見かけたことがあるお客さんが多かったのだ。男女二人で連れ立って来店してくれたり、女友達と来てくれたり。
よって私が恋愛相談に乗る必要はなく、それぞれが会話を楽しみ、紅茶とパンケーキを満喫し、パウンドケーキやクッキーをお土産で買って帰ってくれた。そう、パウンドケーキやクッキーは、テイクアウトで最終的にソールドアウトしていたのだ。
その一方で恋愛相談カフェとしてオープンしたものの。
実際に恋愛相談してくれたお客さんは……二人だけだった。
しかも一人は。
「主人の歯軋りがひどいの。嫌いじゃないのよ、主人のことは。でも歯軋りがひどくて……」
これは恋愛相談、なのか。
それでもなんとか前世知識で、過剰な飲酒や喫煙を控えた方がいいこと、ストレスを減らすといいらしいと話したが……。最終的には医者に相談して欲しいで落ち着いた。
でももう一人は、前世の結婚相談所のコーディネーターとしての経験が、役立ったと思う。
相談してくれたのは男性で、勿論、身分や名前、年齢は分からない。相手もそこを明かすなら、そもそも友人に相談するだろう。見ず知らずの私だからこそ、相談するのだろうから、そこは踏み込まずに相談内容を聞くことにした。
「ぼくは仕事も忙しく、時間がある時は、懐中時計を組み立てるのが趣味なんです。これはものすごく神経と集中力を使うのですが、とても面白くて。でもネジ一本でも無くすと大変なんです。それに……」
相談者の男性は、前世でいうならオタクということかな。懐中時計オタク。しかも収集ではなく、自作する方の。
「……ともかく懐中時計の組み立てに時間を使いたいのに、最近、婚約者ができて……。一緒に庭園を散歩したり、舞踏会へ行ったり、オペラを観劇したり……。そういうことに時間を取られるのが、すごく嫌なんです」
なるほど。これは前世では女性側から相談されることがあった悩みだ。
結婚相談所のコーディネーターは、うまく男性会員と女性会員がマッチングしても、成婚目指して退会するまで、お世話することになる。そして度々、交際中の悩みを相談されるのだ。その中の一つに、男性会員が趣味で自分との時間をなかなか作ってくれないと、女性会員から相談を受けることがあったのだが……。
今回は逆だった。
でも十年もコーディネーターをやっているので、この手の悩みの解決策はよく理解している。
「基本的にそう言った悩みは、婚約者に打ち明けることが一番だと思いますよ」
「え……」
茶色の髪に、ヘーゼル色の瞳の令息が、驚いた顔をしている。
「まず懐中時計を組み立てるという趣味を持っていることを話し、婚約者から理解を得てみませんか。そこで奇跡的に婚約者の令嬢が興味を持てば、共通の趣味を持てることになります。そうなればもう最高ですよね? オペラ観劇ではなく、二人で一緒に懐中時計の組み立て作業に取り組めるのですから」
「……なるほど。確かに。そうなれば、ぼくの趣味の時間が削られないで済みます」
「その通りです。ちょっと変わった趣味だから打ち明けにくい……と思うかもしれませんが、いずれ夫婦になるのですから。隠すことで、夫婦関係がギクシャクするより、あらかじめ話すことが一番ですよね。ただ、もし打ち明けて『そうなんですね』で終わり、特に関心を持ってもらえない場合」
そこで一旦待ってもらい、パンケーキの盛り付けを行う。
手早く盛り付け、それを提供すると、話を再開だ。
「関心を持ってもらえない場合は、婚約者の趣味が何であるか尋ねます。例えばオペラ観劇が婚約者の趣味だったとしましょう。月に三回。婚約者がオペラを観劇するなら、一回は一緒に行く。でも残り二回は家族や友人と行ってはどうかと提案するのです。浮いた時間は自分も趣味の時間に充てたい。懐中時計の組み立てをしたいと相談してみればいいのです」
「三回全部、家族や友人と行ってもらうのではダメなのですか?」
「それは残念ながらダメなんですよ……。婚約者ができる、妻ができる、子供ができる、家族ができる。でも自分が一人だった時と同じように過ごしたい。これはどうしたって成立しません。残念ですが。懐中時計の組み立ての趣味だけやりたいのであれば、婚約者は作ってはダメなのです。ですが、そうもいきませんよね……」
立場的に貴族の令息は、結婚せずには生きていけないのが、この世界の仕組み。
そこはある意味「男はつらいよ」だと思うものの、でも私一人の力ではどうにもできないこと。
彼もそこは分かっているのだろう。
静かに頷き、紅茶を口に運んでいる。
「完全にその時間がなくなるわけではないのです。ですがこれまで例えば三時間を趣味につかっていたとしたら、そのうちの一時間は婚約者のために使う。そうするしかないんですよね。そこを三時間使いたいのに……といくら悩んでも、悲しいことですが、解決しませんから」
「……そうですよね。結局、婚約者ができる、結婚するというのは、そういうことなんですね」
意外と冷静。きっと頭の中では理解できていたのだろうな。
でも誰かから指摘され、自分自身を納得させたかっただけ――なのかもしれない。
なんとか、励ましたいな。
その一心で、こんなことを口にしていた。
「少し前向きに考えるのでしたら、これまでより時間が減るとしても。その分、『これだけしかないから、しっかり集中しよう』という気持ちは高まると思うのです。そうなると普段より効率的に作業できたりするかもしれません。要は前向きな気持ちを持てた方が、ストレスはたまりませんよね!」
元気を出して欲しい。いろいろなしがらみは面倒で、煩わしく、大変だと思う。
でもポジティブでいる方が、きっと幸運は舞い込んでくるはずだから!
「そういう発想は……していませんでした。でも、そうですね。まずは趣味のことを婚約者に話してみることにしますよ」
そう言って令息はヘーゼル色の瞳を細め、私に「ありがとう」と言ってくれたのだ。
ひとまず初日は一人だけだった。
でも少しは私のアドバイス、役に立っただろうか。
そんなことを思いながら、家路へ着いた。