なーに言ってんだよ!
「俺のことを、ポートランド公爵夫妻の実子であると、きちんと認めたい。俺はポートランド公爵家の一員であり、もしもの時は、ちゃんと財産を受け取れるようにしておきたい。できれば会いに来て欲しい――ということだった」
「なるほど……。きっと心残りであり、お詫びしたい気持ちがあるのですね、ポートランド公爵には」
デグランが私を見て頷く。するとロゼッタがこんな疑問を提起する。
「自分の子どもだと認める。それはいいと思う。でもさ、他の兄弟はどうなの? 急に兄弟ができること、どう思っているの? デグランの双子のお兄さんとか、他に姉とか妹とか弟はいないの?」
それは確かにそうだ。特に財産うんぬんの話になった時、揉め事になりそうだと思った。
「兄の他に弟がいると聞いているな。双子の兄と、あと弟。この二人がどう思っているかは……分からない。そこまではさ、さすがに国王陛下も聞いていないと思う。ただ母親はずっと、俺のことを気にしていたって。どこの孤児院に俺が預けられたか分からないから、王都の孤児院という孤児院に、毎年多額な寄付をしていたって」
ポートランド公爵も、さすがに国王陛下には話していないのね。自分の他の子ども達が、デグランをどう思っているかを。でもそれはそれで当然だと思う。むしろデグランは、この話を聞いて、どうするつもりなのかしら? それにこの話を聞くと、ポートランド公爵よりも、母親の方に会いたくなるのでは? この私の疑問は、バートンがデグランに尋ねてくれた。
「それでデグランは実の父親に会いに行くのか? 今の話を聞くと、僕は俄然、母親の方に会いたくなった。顔を見せて、『母さん』って、抱きしめてあげたくなるな……」
するとデグランも「そうなんだよ」と笑う。
「俺も親父というより、お袋に会ってみたい……と思っている」
デグランが答えると、バートンが間髪をいれずに尋ねる。
「母親だけに会うわけにはいかないだろう? ポートランド公爵とも絶対に会うことになるだろうし、兄弟も紹介されるかもしれない。会いに行って、話をして……ポートランド公爵家の一員になるつもりなのか、デグラン?」
公爵家の一員になるということは、ここを出て公爵家の屋敷で暮らすということになる。そうなったら当然、パブリック・ハウス「ザ シークレット」は終了だ。
公爵家の一員になったら、デグランは街を離れる。
宮廷料理人にならなくても、やはり「ザ シークレット」はなくなるということ……? いや、宮廷料理人の件は、まだ分からない。
「家族には会いに行って、公爵家の一員と認めてもらうつもりだ。これまで俺のルーツは不明で、自分が何者だったか分からなかった。両親や兄弟と呼べる存在があるなら……それはさ、やっぱり憧れるよ。家族が欲しいと思うのは、人間として自然なことだろう?」
それはその通りだ。
私は転生者だが、ちゃんと両親がいてくれて、ここまで育ててくれた。縁談話では少しこじれたが、最終的に仲直りできている。家族がいることは、なんだかんだで心強い。
「じゃあ、公爵邸で家族と暮らすんだね」
ロゼッタが少し泣きそうな声でそんなことを言うと。
「なーに言ってんだよ!」とデグランは笑い、ロゼッタのおでこを指で押す。
「家族と認めてもらうけど、公爵家の屋敷で暮らすつもりはない。今の生活を変えるつもりはないよ」
これには思わず、バートン、ロゼッタ、私から安堵のため息が漏れる。
そしてデグランはこう締めくくった。
「それに財産もいらない。それで兄弟と揉めるなんてしたくないし、俺には『ザ シークレット』もあるんだ。これまでも、これからも、ちゃんと生きていける」
デグランらしいと思った。
まさに棚ぼたみたいな話。しかも父親の勝手な判断で、孤児院に預けられたのだ。それを盾に財産を、バッチリもらうこともできた。そうすることも間違いではないだろう。だがデグランは、それを望まなかった。波風を立てるつもりはなく、ただ家族が欲しいと願ったのだ。
しかも「俺には『ザ シークレット』もある。これまでもこれからも、ちゃんと生きていける」という言葉が胸に迫る。きっと幼い子供の頃、何度も家族を求め、でも諦めた。一人で生きて行くしかないと、唇を噛みしめたはずだ。それを思うと……。
「よく頑張ったね、デグラン!」と抱きしめたくなってしまう。
私と同じように感じていたのだろうか。バートンは遠くを見つめ、ワインを飲み干している。ロゼッタは俯いてテーブルを見ていた。
「おいおい、みんな、しんみりしないでくれ。俺の家族が見つかったんだ。お祝いしてくれよ。ほら、これ、もうなくなるから、乾杯しよう。ロゼッタも白ブドウのジュース、おかわりしていいぞ」
それぞれのグラスとコップに、飲み物が満たされる。
するとバートンが音頭をとってくれた。
「デグラン、両親と兄弟が判明して、よかったな。おめでとう。そして……変わらずデグランがここにいてくれることに、乾杯」
「「「乾杯」」」
やっぱりバートンも、デグランがここにいてくれることを嬉しく思っているんだ。
それが分かり、なんだか私も嬉しくなる。
だが、そこで大切なことに気が付く。
宮廷料理人の件は、どうなったの!?と。