究極の物々交換
「香りを楽しむものだから、白ワインかスパークリングワインがいいかな。どっちでも好きな方を一杯いいぞ」
「え、じゃあ、私はスパークリングワイン!」
「ロゼッタは白ブドウのジュースな」
カウンター席に座るロゼッタの頭に、デグランがいつものようにぽすっと手を乗せると、ロゼッタは「ちぇー」と子どもっぽくむくれている。私はロゼッタを挟んで端の席に座るバートンを見て「どっちにします?」と確認した。
「白トリュフを楽しんでいる時にゲップをしたくないので、白ワインですかね」
「なるほど。それは一理あります。私も白ワインにします」
これを聞いたデグランは「OK!」と一本の白ワインを取り出し、バートンに渡す。バートンはそれを受け取り、慣れた手つきで開封していく。ロゼッタの前には白ブドウジュースが置かれた。
店内は既にバターの焼けるいい匂い、トリュフの香りで満たされている。私は扉を少し開け、換気を行う。私達はスクランブルエッグとトリュフを楽しめる。だがこの後、パブリック・ハウス「ザ シークレット」に来るお客さんは、その両方を楽しむことができない! よってオープンした時にこの香りが残らないよう、空気の入れ替えを実施することにした。
というか、デグラン、フードも出せばいいのに!
そう思い、でもすぐに思い出す。
デグランが「ザ シークレット」を畳むつもりでいることを。
宮廷料理人にきっと戻ってしまうんだと。
「じゃあ、行くぞ!」
デグランの声にハッとして、カウンターのテーブルに置かれた、出来立てのスクランブルエッグを見る。アツアツで湯気を立て、さらに照明の明かりでなんだか輝いて見えるスクランブルエッグは、ただそれだけでも美味しそうに思えた。そこに大根おろしのように、器具の上でトリュフをスライドさせると……。スライスされたトリュフが、スクランブルエッグの上にどんどん落ちて行く。同時に白トリュフの芳醇な香りに、悶絶しそうになる。
「よし食べよう!」「「「いただきます!」」」
デグランの掛け声に即反応し、たっぷり白トリュフがのったスクランブルエッグを口へ頬張る。
「ううううん!」
あまりの美味しさに涙が出そうになる。
私は一応貴族なので、黒トリュフや秋トリュフは食べたことがあった。だが白トリュフはさすがにない。例え貴族であっても、白トリュフは高級なのだ。
「美味しくて昇天しそう~」
ロゼッタの叫びに激しく同意!
「明日から何を食べても、味気なく思えてしまうかもしれない……」
バートンの言いたいこと、よく分かる!
トリュフ自体に味という味はない。あくまで香りを楽しむ。香りだけで飯が食えるんかい!?と前世の私は思ったことがあるが、食えるんです! 香りだけで、パスタもツルリン、リゾットならペロリンといけてしまうのです!
「みんな、いい顔してんな。やっぱ美味しい物を食っている時の人間は、良い顔をするよ」
デグランは、白トリュフのせスクランブルエッグを食べる私達を見て、ニコニコしながら、白ワインを口に運んでいる。その瞳は限りなく優しく、見ているとなんだか胸がキュッと締め付けられる。
宮廷料理人にデグランが戻ったら、この二階からも引っ越し、宮殿で住み込みになるのかな。一日三食を回すとなると、とても忙しいだろう。休みなんてとれるのだろうか。もう簡単にデグランには、会えなくなってしまうのかな。
涙が溢れそうになった時。
バートンがドキッとする言葉を、デグランに投げかけた。
「デグラン、そろそろ明かしてくれていいんじゃないか? この白トリュフ、買おうと思えば買えるだろうけど、手に入るルートを知らないと、入手困難だろ? しかも木箱に入っているなんて、どう考えても最高級品。どうやって手に入れた?」
これに答えることで、デグランは自身が宮殿へ行っていたことを明かすことになる。素直に答えるのか。その顔を見ると、デグランは「まー、そうだよな」と笑った後、あっさりこう告げた。
「国王陛下に呼ばれて、宮殿へ行ったんだ。俺、休みをもらっただろう?」
「なるほど。……しかし国王陛下に呼ばれるなんて、由々しき事態では?」
バートンに問われたデグランは、腰に手を当て、「そうか?」と笑う。こんな時でも飄々とできるデグランはすごい!
「ともかく呼ばれてわざわざ出向いたのだから、お土産の一つも欲しいと直談判したのさ。すると俺が作ったソーセージとこの白トリュフの物々交換に、国王陛下が応じてくれたんだよ」
「そのソーセージって、よくデグランが作っているあれー?」とロゼッタが尋ねると、デグランは「その通り」と頷く。
これはすごい物々交換だと思う。まさか手作りソーセージが白トリュフに化けるなんて!
「それで、なんで宮殿に呼ばれたんだよ、デグラン」
バートンが問うと、デグランは「それな」と白ワインを一口飲み、グラスを置いた。
「実は俺の身元が判明した」