心臓に悪い(ご褒美)!
次の日、カフェに手伝いに来てくれたのは、サフランイエローのワンピースを着たロゼッタだった。
そしてオープンと同時に店に現れたのは、アレン様とルグス。まさか一昨日来たばかりなのに、また来店してもらえるなんて! 思わず驚いてしまう。だがしかし。ゆっくりする時間はない。なぜなら騎士団宿舎の備品で破損があり、買い物のために街へ来たのだという。よってただ顔を出しただけというのだけど……。
ティーアーンのそばで、ルグスはロゼッタに熱心に話しかけている。
その様子を扉の近くで、今日もコバルトブルーの隊服が完璧に似合うアレン様と眺めていた。
ロゼッタに何か言われたルグスは、その体躯からは想像できないような笑顔になっている。この笑顔はどう考えても友人へ向けたものとは思えない。そこでつい、アレン様に確認してしまう。
大声では言えないことなので、手で口元を隠すようにして、アレン様を見上げ、声をかける。
「あの、もしかしてルグス様は、ロゼッタのことを」
するとアレン様が自身の耳を私に近づけるようにしてくれた。
石鹸の清潔感のある香りがして「こ、これがアレン様の匂い!」と悶絶しそうになるのを堪える。一方のアレン様は私の問いかけを聞くと……。
「そうですね。どうやらそのようです。ところでロゼッタ嬢は、恋人がいらっしゃるのでしょうか?」
今度はアレン様が私の耳元に顔を近づけ、話しかけるので、もう心臓がドキドキ。
推しであるアレン様とのこの距離感は、心臓に悪い(ご褒美)!
「どうでしょうか。そんな話をしたことがなくて……」
その時だった。
ガシャーンという音にビックリして、みんながカウンターにいるデグランを見る。
デグランは「わりぃ、手が滑った」とこちらを見て拝む姿勢を見せたが……。
手!
手から血が出ている!
「デグラン、手を怪我しているわ!」
「あ、落ちた破片が飛んできたんだな」
デグランは暢気な雰囲気で言っているけど、調理人にとって手は、作業を行う上でとても大切だと思うのだ。
「水で血を洗い流してください!」
「そんな大げさな。なめときゃ治るよ」
確かにデグランだとそれで治りそうだけど、カフェはオープンしたばかり。これからお客さんもくるのだから、ちゃんとケアをしないと!
慌ててカウンターに入り、棚の扉を開け、薬箱を取り出す。
すると「ナタリー嬢、入ってもいいですか?」と、アレン様が尋ねる。
カウンターの中に、通常お客さんを入れることはない。だがアレン様は何か意図があるようなので、すぐに頷く。するとデグランは、少しムッとした顔をしている。これはやはりカウンターの中、厨房は、通常お客さんをいれないからだろう。でもこの時間、ここはカフェなのだ。カウンターの中に誰をいれるかどうかの判断は私なので、デグランは文句を口にしない。
「これから忙しくなるのでしょう。ちょっと傷を見せていただけないでしょうか。騎士達のちょっとした怪我の応急措置は、わたしがしているので」
さすが騎士! いつも近くに衛生兵がいるわけではない。きっと実践で応急処置もできるようになったのだろう。
「いや、そんな。こんなのたいした傷じゃ」
なぜだかデグランは拒否しようとするが、アレン様は首を振り、そしてガシッと血が出ている左手首を掴んだ。
「デグラン殿、君はプロの調理人なのでしょう? ならばここはわたしの提案を飲んだ方がいいと思います。お客さんは万全の体勢でお迎えしないと」
凛としたアレン様の言葉に、ロゼッタとルグスもじっとデグランを見ている。
デグランは唇をきゅっと噛みしめ、でもふわっと肩から力を抜いた。
「……ありがとうございます。お願いします」
そこでカランコロンと扉が開き、令嬢二人組が入って来た。
ロゼッタが接客して席へ案内し、ルグスは店の外へ出る。
すばやくグラスに水を注ぎ、カウンターテーブルへ置く。
チラリとデグランとアレン様の様子を見ると、二人は何やらぼそぼそと会話をしている。でもアレン様はしっかり手を動かし、デグランの手に包帯を巻いてくれていた。
メニューの説明をロゼッタがしてくれているので、その間にパウンドケーキとクッキーをいくつか紙袋にいれる。
「パンケーキ二つと珈琲二つでお願いします!」
ロゼッタの声に「了解!」とデグランが明るい声で返事をする。
さっきまでの硬い雰囲気から一転、デグランの顔に笑顔が戻っていた。
その様子にホッとしながら、カウンターを出ようとするアレン様に紙袋を渡す。
「手当、ありがとうございます。これ良かったら少ないですが、皆さんで召し上がってください」
「わざわざありがとうございます。部下が泣いて喜びます」
アレン様は遠慮することなく受け取ってくれる。
ロゼッタがアレン様とルグスを見送ってくれている間に、紅茶を用意した。
ティーポットに茶葉をいれながら、後方にいるデグランの様子をうかがう。
「!」
デグランは何だか鼻歌まじりで生地を用意している。
カウンターの中に部外者をいれたくなかったのだろうけど、アレン様は丁寧に傷の手当てをしたに違いない。おかげでデグランも機嫌を直してくれたようだ。
この後、お客さんは絶え間なく訪れて、その間にいくつか恋愛相談にものり、そして――。
クローズまで一時間を切っていたところで、慌ただしく扉が開く。
扉につけている鐘もカランコロンコロンと忙しそうに鳴っている。
閉店ギリギリセーフに間に合った形で来店したのは……。