どうなりましたか?
恋愛相談カフェ「キャンディタフト」の常連であるイエール氏が来店してくれた!
しかもここ最近は忙しそうで、珈琲一杯やパウンドケーキをテイクアウトで買って帰るなど、長居しないことも多かった。でも今日は違う。看板メニューといつもの紅茶を注文しているし、おしゃべりをできると分かった。
そうなったら今一番、イエール氏に聞きたいのは、ヒロインであるセーラのこと。
王妃は、セーラと自身の息子であるジョシュの二人で、話し合いをさせると言っていた。だがここは乙女ゲームの世界。ヒロインが幸せになるための世界なのだ。よっていくら王妃が仲介しようと、セーラがジョシュを求めたら……悪役令嬢であるニコールとジョシュは破局し、セーラとジョシュがゴールインでハッピーエンドになってしまう。
よって今、セーラがどういう状態なのか、知りたかった。
イエール氏の個人授業で、そもそも何をしているかは聞いていない。
だが勉強のコツを掴むための方法と、妃教育に役立つことを教えているに違いなかった。そしてイエール氏との個人授業を通じ、セーラが人として成長することを、期待していた。
つまり。
――「あの娘は、婚約者がいる男性に言い寄る自分が、いかに浅はかであるか気づくことができるようになるわけだ。それは今、薄々分かっている状態とは比べ物にならない。羞恥すべきことを自身がしていると自覚するんだ。それでもなお、婚約者がいる男性を選ぶのか。それを見てみたいと思ったんだよ、私は」
イエール氏のこの言葉の結果を、知りたいと思ったのだ。
そこで「イエール先生、セーラ嬢との個人授業、いかがですか!?」と尋ねたところ……。
「ああ。勉強のコツは分かったようだ。まず勉強は面白い、身近な生活とこんな風に結びついている……という理解からスタートさせた。結果としてセーラ嬢は、勉強への苦手意識を克服した思う。何より『分からない』となったその時、すぐに私へ聞けるのが良かったのだろうと思えるよ」
そこで紅茶の用意ができたので、バートンから受け取り、イエール氏の前に置く。
置きながら「それは良かったです。その次の段階はどうなりましたか?」と先を促す。
「妃教育で必須となる外国語を一つ、レクチャーしてみた。私も論文を書く時、外国語を使うからね。ある程度はできる。セーラ嬢も『頑張ります!』ということで最初は始めたが……。勉強のコツを掴んだものの、やはり難儀したな、最初は。それでも彼女が日常生活で使えそうな言葉から覚えさせると……なんとか回り始めた。そしてこう言ったんだよ」
イエール氏は、なんとか外国語を楽しく学べるようになったセーラに、実際に妃教育を受けているニコールは、他の科目も同時進行なのだと伝えたという。
学校の授業を受け、宿題と復習と予習をして。その上で、妃教育として、外国語は勿論、他国の文化やマナーについて学び、歴史も学んでいる。それができるニコールをどう思うか、つまりは現婚約者をどう思うかと、イエール氏はセーラに尋ねたのだ。
これにはセーラは、絶句したという。
外国語一つだけでも、最初は苦労したのだ。その上で文化やマナー、歴史まで。しかも学校の勉強までこなしているニコールは、尋常ではないとセーラは思った。どうしてそこまでするのかと、セーラはイエール氏に尋ねたという。
「それこそ愛のためだと答えたよ。それだけ第二王子のことを、マルティネス侯爵令嬢は愛している。だから頑張れるのだと教えてあげたよ。そして『君は同じようにできるか?』と聞いてみた」
するとセーラは考え込み、涙ぐんだという。そして「できない」と答えた。さらにセーラは、愛を貫くマルティネス侯爵令嬢……ニコールを、「尊敬する」と言い出したのだ。加えてそんな彼女から婚約者を奪おうとした自分の醜さに気づいたとも、セーラは言ったという。
つまり、セーラはジョシュを諦めることにした。代わりに「尊敬するマルティネス侯爵令嬢のような令嬢になりたい」と、セーラは言ったというのだ。
これならば間違いない。セーラはジョシュと別れることを決意した。あとはジョシュがどう出るかだ。何しろ第二王子という立場。多少の我が儘がまかり通るのは事実。それでも二人が王妃の計らいで話し合いをしたら……。
そう思ったら!
「いやなに、今日、セーラ嬢は用事があるということだったので、何があるのか尋ねたんだよ。そうしたらなんでも第二王子と重要な話をすると言っていたんだ。これは遂に事が大きく動くのかと思ったが……どうなのかね」
イエール氏はそう言って笑い、紅茶を口に運ぶ。
これにはなんだかドキドキしてしまう。
つまり今まさに、セーラはジョシュに別れを切り出しているかもしれないのだ。
それすなわち、この乙女ゲームの世界の大きな方向性が、決まりつつあるということ。
「セーラ嬢は用事がある。そこで個人授業はスキップになった。奇しくも私は時間ができた。よって今日は久々にゆっくり、ここで時間を過ごせるわけだ」
イエール氏がそう言ったまさにそのタイミングで、パンケーキが到着した。
「よし。食べるぞ」とイエール氏はパンケーキに集中となる。
そこにマダムのお客さんがやってきて恋愛相談が始まり――。
その後は閉店まで慌ただしく時間が流れる。イエール氏はそのまま閉店まで店に残り、片づけを手伝い、そのままパブリック・ハウス「ザ シークレット」のオープンの準備にも、手を貸してくれた。
イエール氏、バートン、デグラン、そして私という四人でまかないタイムとなり、ラム肉の串焼きをいただいた。デグランが手に入れたスパイスが、ラム肉によくあう! さらにすりおろしたガーリックをのせても絶品。さすがにこれからお客さんを迎えるデグランはガーリックを我慢したが、イエール氏、バートン、私は、たっぷり楽しませてもらった。
こうやって過ごしていると、デグランが宮廷料理人に戻るのでは――という可能性を忘れそうになる。こうやってまかないを楽しみ、屋敷へ戻る日常は、私にとって大きな心の支えになっていた。これを失いたくない――そんな気持ちが不意に高まる。
同時に。
それだけなのかしら?と思う。
みんなでこうやってワイワイまかないを楽しみ、乾杯できることだけで満足している?
バートンに何か言われ、デグランが快活に笑っていた。
髪はアッシュブランで、肩下ぐらいの長さ。それはいつも後ろで一本にして、結わいている。サーファーみたいな健康的に日焼けした肌で体格もいい。いつも髪色と同じズボンに、デニムを思わせる風合いのシャツを着ていた。瞳は焦げ茶色で、笑顔が爽やかなナイス・ガイ・モブ。
モブとは思えない程、素敵なデグラン。
私には推しであるアレン様がいるが、それはあくまで推しだ。私は推しを愛でる派だった。遠くで見守ることができればいいタイプ。転生した直後は推しを攻略できちゃう!?なんて思ったが、これは本気ではない。ノリで考えたに過ぎなかった。
もし恋愛できるなら……。
そこで思い出す。
ロゼッタのことを。身分の壁を。
「ナタリーお嬢さん、どうした? 串焼きのおかわり、食べないのか?」
食べ途中の串焼きを見て、デグランが笑顔で尋ねた。白い歯が眩しい!
「食べますよー。美味しい物はちょっとずつ楽しむ派なんです!」
そんな風に言って私は笑い、さっき感じた心の痛みを誤魔化していた。