遂に涙がホロリ
「毎朝、パウンドケーキとクッキーを焼いているの。これからは母屋にも届けるわ」
これには両親はさらに涙をこぼして喜んでくれる。
その姿を見ていると、なんだか私も胸が熱くなり、遂に涙がホロリと落ちてしまった。
前世記憶を持つがために、この世界の令嬢には珍しい自立心旺盛な私に、両親は振り回された部分もある。それなのに王妃の口添えがあったとはいえ、両親から歩み寄ってくれたのだ。
勘当されると思ったのに。
よかったな。
この後、カフェの様子を話し、どんなお客さんがいるのか。
看板メニューの「マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ」のことを話したり、ブラックシロップのことを話したりで、大いに盛り上がった。
ひとしきり話を聞いた両親は、こう言ってくれる。
「お客さんにも恵まれ、何よりもそのデグランくん、バートンくん、ロゼッタ嬢。いい仲間が助けてくれて良かったね」
「常連さんがもういるなんてすごいわ。それにタム男爵の令息、イエール伯爵、サンフォード公爵令嬢とあの……騎士団の副団長様まで足を運んでいるなんて! アレン・ヒュー・サンフォード様、有名な方よね。第二王子の婚約者のマルティネス侯爵令嬢もいらっしゃったのでしょう。すごいことよ」
「不思議なご縁で皆さんお店に来てくれました。……もしお時間があったら」
両親に良かったらお店に来ないか。
そう提案しようとしたら。
「ぜひ父さんと母さんもお邪魔させてもらうよ。出来立ての看板メニューをぜひ食べてみたい」
父親が自らそう言ってくれた。これには嬉しくなり「はい! お待ちしています」と再び涙をこぼすことになった。
◇
翌日。
両親は朝から私がパウンドケーキやクッキーを作るのを見学しに来た。
完成したパウンドケーキを持って、父親と兄は仕事へ向かうという。姉もアカデミーにパウンドケーキを持っていくと言ってくれた。
そうなのだ。
朝食は久しぶりに母屋で、家族全員でとることになった。その席で両親は兄と姉に、私と仲直りしたことを報告したのだ。
私と両親が和解したことを、兄と姉も喜んでくれた。
一度こうと決めたら、私が曲げない性格であることを、兄も姉も理解している。よって無理に間に入らないでいてくれたが、とても心配してくれていたことが伝わって来た。ここはもう、本当に不安にさせてごめんなさいだ。
一方の母親は、パンプキン色のよそ行きのドレスに着替えると、桜色のワンピースを着た私と一緒に、オープン時間に合わせ、カフェへ向かった。そこでいつものデニム風シャツ、そしてアッシュブランのズボンのデグラン。モスグリーンの上衣とズボンのバートンとも、初めましての挨拶をした。そして開店準備を手伝い、この日、一人目のお客さんになってくれたのだ。
そして母親に出す看板パンケーキは、私が作ることになった。
母親は今朝と同じ。
カウンターの中に入り、私がパンケーキを作る様子を熱心に見ていた。
これには王妃に出すパンケーキを焼いていた時のことを思い出す。
あの時は近衛騎士のテディが毒見係として、しっかり私の調理する様子を観察していた。そのテディと変わらないぐらい母親は私を見て、そして「なんて美味しそうな香りかしら」とうっとりしている。
完成したパンケーキを口にすると、まるで少女のように、母親は目を輝かせた。
黄金パウダーとブラックシロップにも「香ばしくて甘くてたまらないわ」と頬を赤くする。さらにティーアーンによるお代わりも楽しみ、最後は……。
「満喫できました。デグラン様、娘を助けてくださり、心から感謝します。これからもどうかよろしくお願いしますね」
デグランの手を取り、そんなことを言うので、ビックリしてしまう。デグランはとまどいながらも笑顔で「勿論です」と応じてくれた。
その母親が帰り、ティータイムになる前、エアポケット的にできた空いている時間に現れたのは……イエール氏!
セーラの個人授業がどうなっているのか。まさに聞きたいと思っているところだった。
定位置に、チャコールグレーのスーツ姿のイエール氏が座ると同時に水とメニューを出し「いつも通りですか?」と尋ねると「もちろん!」の返事をもらったので、すぐにデグランに目配せをする。バートンはすぐに紅茶の用意をしてくれた。
そこで私は満を持して尋ねる。
「イエール先生、セーラ嬢との個人授業、いかがですか!?」