ほろ酔いも吹っ飛ぶ
「順調なのに、お店を止めちゃうなんて。おかしいよ、デグラン」
本当にその通りだと思った。
「あ、もしかして、ナタリーお嬢様に、あの場所を譲ると決めたのかもしれませんよ」
「え、どういうこと!?」
「だってカフェ『キャンディタフト』は、この短期間で常連さんもついて、公爵家のお墨付きもいただいたんですよ。王妃殿下まで『美味しい』と言っていたんです。午後の数時間の営業だけでは、もったいないじゃないですか。お酒こそ出さなくても、夜に珈琲を片手に議論をする貴族も増えていると言いますよね? 夜のカフェは、それはそれで人気が出そうですよね?」
それはその通りだと思う。
舞踏会や晩餐会の帰り、ちょっと立ち寄り、もう一杯飲みたい時、パブリック・ハウスはとても役立つ。その一方で、お酒はもういいから珈琲か紅茶を飲みたい……という需要はあると思う。さらに前世の締めラーメンではないが、最後にケーキと珈琲を飲みたいという背徳令嬢も結構いるのだ。
そういった意味でカフェを夜も開けるというのは……一つの手ではあった。
手法の一つではあるが、だからといってそれでデグランが店をやめ、宮廷料理人に戻る必要はない。むしろ夜営業をするなら……デグランと一緒にやりたいくらいだった。
よってロゼッタの今の言葉には、否定を表明することになる。
そしてパブリック・ハウスで賑わうエリアが終わり、ロゼッタの自宅兼画材屋がある通りに入った。
「確かに夜カフェの需要はあると思うの。でも私はこれでも貴族の令嬢だから。さすがに深夜に帰宅は、両親が気にすると思うの。舞踏会や晩餐会に出席しているなら別よ。でも商売をしているとなったら……。貯金は少しずつしているけれど、でもまだ屋敷を飛び出すほどではないの。だから夜カフェは無理よ」
さらに二つの考えもロゼッタに伝える。
「仮に両親の理解を得て、夜カフェの営業ができるようになったとしても。そのためにデグラン様に店をやめてもらい、その時間もカフェを営業させてください――なんて、提案できないわ。デグラン様は私にとって恩人であり、大切な仲間で友達よ。そんなひどいことをしないわ」
「それはそうですよね……。そう、なんだ。ふうーん」
なんだか後半の「ふうーん」に含みがあり、少し気になるものの、話を続ける。
画材屋の建物が見えてきていた。
「もしデグラン様が、夜カフェを営業した方がいいと考えてくれたとして、その場合は私にまず、アドバイスしてくれると思うの。いきなり『俺は店をやめる。宮廷料理人に戻ることにしたから、夜もカフェの営業をやったら?』――なんて強引な提案はしないと思うのよ。よって私に譲るために、宮廷料理人に戻ることにしたというのは、違うと思うの」
「いきなり『明日から夜カフェやんなよ』はさすがにないか……。デグランなら、まずアドバイス……。そうですよね。でもなら、どうしてなんでしょう? なんで急に宮廷料理人に? なんかまとまったお金が必要になったのかなぁ」
「でもデグラン様は投資もしているし、財産はそれなりにあると、バートン様が言っているのを聞いたわ」
それには「そうなんですよねー」とロゼッタが唸ったところで、画材屋の前に到着した。すでに店は暗く、扉には「Close」の札が下げられ、カーテンも引かれている。
「あ、分かったかもしれません!」
「え、そうなの!?」
「だってデグランは、財産はあるから。あと足りないのは……。でもなぜそれが欲しいと思ったのかしら?」
ロゼッタは謎解きが一段階進んだようだが、私は何も分からない。
ヒントを求めると「ヒントなんてないですよ。もうすぐ分かっちゃいます」と言われ、最終的に「今度会う時まで、考えてみてください~」と言われてしまった。
こうしてロゼッタとわかれ、屋敷に戻る馬車の中でも考えたが、まったく分からない。白ワインとシードルと二杯も飲んでしまい、ほろ酔いだったせいもあるだろう。
だが……。
離れにつき、いつも通りエントランスホールに入ると、そこには侍女とメイドと従者に加え、両親もいたのだ。
これにはほろ酔いも吹っ飛び、顔が青ざめそうになる。
もしや縁談を断り続けたことに業を煮やし、この場で勘当を言いわたされるのだろうか。さっきロゼッタに話した通り、自立するにはまだお金の蓄えが十分ではない。
ううん、そんなことを言っている場合ではないんだわ。
こうなったら手持ちの宝石をいくつか質にいれて……。
「ナタリー、疲れているだろう。長話をするつもりはない。応接室で、三人で少しだけ話せるかい?」
父親に問われ、「それはちょっと」と思うが、後回しにしても仕方ない。
今晩でなければ明朝か明日の夜に話すことになるだろう。
それでは私の状況は、劇的には変わらない。
よって私の答えは「分かりました」だった。
もう心臓が不協和音を奏で、落ち着かない。
こちらから話したいことがあると言って、勘当されるのを覚悟で両親と話す場合。
急に現れて話があると言われ、両親から勘当を告げられる場合。
同じ勘当されるでも、私に与えるインパクトは、雲泥の差があると思う。
慌てて勘当後の生活の算段を立てる。
街の一番安い宿に泊まるのがいいのか。
それとも格安で部屋の間貸しをしている人を探した方が、安く済むのか。
こうなったらデグランに頼み、パブリック・ハウス「ザ シークレット」でバイトさせてもらおうかしら……。