【番外編】国際恋愛のBefore→After(後編・2)
衣料品店を出た私はもうぽかぽかだった。
ジュリオは寒そうにしている私に気が付き、防寒アイテムを一式、プレゼントしてくれたのだ!
しかもあのブーツも。
さらに彼自身も白のファーのマフラーをつけており、それは……私とお揃い。
「これで安心して食べ歩きができますね。行きましょうか。まずはホットワインで体の芯を温めましょう」
「はい!」
そこからはエスコートなんてしゃれたことはせず、手をつないで歩き出す。
ホットワインを飲み、串焼きにかぶりつき、キッシュを頬張る。
街の人にまぎれ、そうやって食べて飲んでいる時。
自分が子爵令嬢であることは忘れている。
気付けば時が過ぎ、ニューイヤーまで残り三十分だった。
時計塔の広場には松明が焚かれていた。
皆、寒さをしのぐため、その松明のそばに自然と集まっている。
「ヴェローナ子爵令嬢」
「はい」
「僕は侯爵家の人間ですが、その領地は帝都ではなく、北方のはずれにあるんです。この王都のようなきらびやかな街ではなく、羊や牛が沢山いるような牧草地ばかり」
これは意外だった。
ジュリオの洗練された雰囲気は、地方領の令息とは思えなかったからだ。
「宮殿の舞踏会。実は絢爛過ぎて、肩が凝ります。こんな風に賑やかな街のイベントの方が、僕は好きです。領地にいる時は、軽装でこんなかっちりした服を着るのは稀なんですよ」
「そうだったのですね」
「がっかりしましたか。田舎者と分かり」
そんなこと全然なかった。
むしろ初めて経験した街のイベント。
私は楽しくて仕方なかった。
「私はこの街のイベントに初めて参加しましたが、とても楽しかったです。ハイヒールを脱いで、ブーツに履き替え、ミケーレ侯爵令息と歩き出した瞬間。心が自由になったように感じました。もしかすると私、王都のきっちりした生活より、こうやって伸び伸び動ける方が、性格にあっているのかもしれません」
素直な気持ちを吐露したところで、大声が聞こえてくる。
「カウントダウン、始まりまーす! 十・九・八……」
もうそんな時間だった。
「鐘が鳴る瞬間、近くの人とハグやチークキスをするといいそうです」
ジュリオが早口で教えてくれる。
「三・二・一、ハッピーニューイヤー!」
鐘が鳴ったと同時で、ジュリオにハグをされている。
しかもその後、続けてのチークキス。
それで終わりかと思ったら、今度は普通に抱きしめられている。
「ハッピーニューイヤー、ヴェローナ子爵令嬢」
「ハッピーニューイヤー、ミケーレ侯爵令息」
新年の挨拶を終えると、ジュリオが体を離したが、まだ彼の手は私の背に回された状態だった。
そこで彼を見上げると、ヘーゼル色の瞳と目が合う。
「春になると、僕の領地は草原にミモザの花が咲き誇り、馬車道にはアーモンドの花が舞い散ります。遠くに見える山の稜線は青々として緑が美しく、沢山の蝶が飛んでいます。そんな場所ですが、アカデミーのスプリングブレイクに、僕の領地へ遊びに来ませんか」
◇
恋愛相談カフェ『キャンディタフト』で私は、ジュリオがどんな性格なのか。
店員さんに見極めてもらおうと考えた。
どうやったらジュリオを戦略的に夢中にさせることができるか、と考えていたのだ。
でも店員さんからは――。
――「アドバイスはできます。でも決断はお客様自身です。悩んだら相談いただくので構いません。でもご自身で考え、決断すること。これは続けていただきたいです。何よりあなたの人生、主人公はあなたなのですから。そして忘れないでください。素直な自分でいることを」
そう言われてしまったのだ。
そこで私は自力で動き、ジュリオの性格を知ろうと、質問攻めをしていた。
そして一番大切なことを忘れていた。
店員さんが言っていた「素直な自分でいること」、これを失念していたのだ。
ゆえに質問は上手くいかなかった。
だが失敗することで、自暴自棄になり、結果として――。
素直な自分をジュリオに見せることになった。
その素の私を見てジュリオは「彼女なら僕の領地でも、上手くやってくれるかもしれない」と思えたというのだ。
結局。
ジュリオは見た目の雰囲気で、中央貴族と思われ、地方領の令息と分かると、顔色を変える令嬢を何人も見ていたのだ。ゆえに「良縁があれば、僕も婚約はしたいと思っています。でもなかなかそう思える相手がいないんですよ、叔母さん」という言葉につながっていた。
しかし今回、私は街の平民のイベントに行きたいと言い出したのだ。さらに思いっきりそのイベントを楽しんでいる。
ジュリオの領地でもこんなイベントが多く、寒空の下、元気にはしゃぐ私を見ていると……。
自身の町で楽しむ私の姿が想像できたと言う。
「春までは遠距離になりますが、手紙を書きます。それにアカデミーではテストも忙しい時期ですよね。だからあっという間です。次は僕の領地で会いましょう」
汽車に乗るジュリオを見送りに行くと、彼は乗車直前にそう言って、額に優しくキスをする。
私は微笑み、ジュリオは汽車へ乗り込む。
席に着いたジュリオは窓を開け、愛の言葉を叫んでくれる。
でも汽笛が鳴り、汽車はゆっくり動きだす。
走り出す汽車に並走し、ジュリオを見送り――。
泣かない。
これはお別れではなく、新しい始まりだから。
駅舎の天井付近に集まっていた白い鳩が、汽車を追うように青空へ向け、一斉に羽ばたいて行った。






















































