絶対食べたーい!
本当は、宮殿に行った理由を含め、気になってはいた。
でもそれを私から聞いていいのかな、という思いもあった。
デグランだったら、きっと自分から話してくれると思うのだ。話さないと言うことは、まだ彼の中で話す準備ができていないのでは?と感じた。
いろいろなことがあり、宮殿から去ったのに。
そこへ戻ると言うのは、何か大きな心境の変化があったはず。
それを彼自身が咀嚼するのに、時間が必要なのかもしれない。
ということで。
せっかく美味しい物が食べられるのだ。
気になることは一旦忘れ、目の前のまかないを楽しもう。
「今日はカフェの営業時間に厨房に立てなかったから、いろいろ下ごしらえもできなかった。よって簡単なものだが、これでどうだ!」
そう言ってデグランが用意してくれたのは……。
この世界にまだピザの概念はない。だが、これはピザだ!
バゲットで作ったピザ!
竹をスパッと縦に割るように、バゲットをスパッと縦半分にし、パンは少し火であぶる。表面にたっぷりバターを塗り、そこに鍋でトロトロにしたチーズをかけたり、生ハムをのせたり、ルッコラを飾ったり。スライスしたトマトやタマネギものっている。
チーズがアツアツのうちに「いただきます!」で食べると……。
「美味しい~。とても簡単なのに、本当に旨い! トロトロのチーズのせ、最高!」
ロゼッタはもう顔がとろけそうだ。そのロゼッタと全く同じ表情になっているのが、ルグスだ。そのとろけきった顔で、こんなことを言いだす。
「自分、毎日手伝いに来たいぐらいです。シンプルなのにすごく旨いです!」
「ルグス。騎士としての職務を全うしているなら、いくら手伝っても何も問わないぞ。……しかしありものの食材でこんなパン料理を作るとは。騎士の野営訓練に、デグラン殿がいてくれたらと思ってしまいますよ」
アレン様も極上の笑顔で、そんなことを言っている。私も負けじと賛辞を贈った。
「多分、これ、いーろんなバリエーションがいけますよね! マッシュルームやベーコンとか乗せても美味しそうです。スモークサーモンとかもよさそうで」「絶対食べたーい!」
ロゼッタは私が言うバリエーションを想像したようで、食べたいコールを始める。
するとデグランは一瞬。
ほんの一瞬だけ、その顔から表情が消えた。だがすぐに明るく話し出す。
「ははは。これだけ簡単に作れるんだ。俺に作らせるのではなく、自分で作ってみろ!」
「「「「確かに!」」」」
デグランはロゼッタに、いつものノリで言ったのだと思う。でもアレン様やルグス、そして私までも反応しているから、とても驚いた顔をしている。
でもすぐに笑顔になったデグランは、こんな素敵な提案をしてくれた。
「そうだ、シードル! シードルでも飲むか!?」
シードルはリンゴのお酒で私も大好物だ。
ロゼッタはリンゴジュースで、残りの大人はシードルで乾杯になった。
シードルを飲み終えたところで、パブリック・ハウス「ザ シークレット」のオープン時間になった。私とロゼッタはそのまま帰ることにしたが、アレン様とルグスはもう何杯か飲んで帰るという。
お酒が入り、普段より陽気なアレン様のことを、もう少し眺めていたい気持ちもあった。だがロゼッタが「画材屋まで送って、ナタリーお嬢様!」と珍しく言ってきたのだ。間違いなく王妃の訪問を受け、聞いてしまった話で、ロゼッタは私と話したいと思っていると分かった。
そこでロゼッタの言葉に応じ、私は「ザ シークレット」を後にすることになる。
「あ、見て見て、オリオン座が見えますよ! この季節は空気が澄んで、さらに星が見える気がするな~」
ロゼッタの言葉にしばらく星空を見て歩いていたが、ついに彼女が話し出す。
「ナタリーお嬢様はどう思いましたか? デグランは今日、国王陛下と謁見したのでしょう。本人は教えてくれていないけど。それはもしかすると宮廷料理人として宮殿に戻ると決めたから、話せないのかな……」
「どうなのかしら。これはデグラン様が話してくれないと、正解が分からないわよね。デグラン様の性格だと、私達にはちゃんと話してくれると思うの。宮廷料理人に戻ると決めたなら、絶対に。突然、姿を消すなんてこと、しないでしょう」
「それは勿論、そう思います!」
パブリック・ハウスばかり立ち並んでいるから、この辺りは明るく、人通りもあった。にぎやかな音楽や笑い声も聞こえてくる。
「デグラン様が何も言わずに宮殿に向かい、国王陛下と話したということは、まだ私達に話せる段階ではないと思うの。話せる状態になったら、きっと話してくれると思うわ。……ただ、もし宮廷料理人に戻るなら、どうしてかしら?と思うの。だってパブリック・ハウスの経営に、問題はないのでしょう?」
するとロゼッタは、首を大きく縦に振って「問題ない」と断言する。
あまりに勢いがあるので、すれ違ったカップルがビックリしていた。
「ない、ない、ないですよ、問題なんて。むしろ、二号店や三号店を出さないのかとか、もっと広い店にすればいいのにとか、前向きな話ばかりですよ。あ、お兄ちゃんに聞いた限り。お兄ちゃん、たまに『ザ シークレット』で飲んでいるんです。そこにはデグランを応援する貴族もよく足を運んでいて、そういう事業拡大の提案もしているって」
「そうなのね。でも、そうよね。『ザ シークレット』は、デグラン様が絶妙な距離感で接客してくれるから、心地いい……。あ、そっか。きっとデグラン様が考える、理想の接客をできる広さが、今なのかもしれないわね。最大十名。それ以上だと、とりこぼしが出たり、お酒の提供に時間がかかってしまうのかもしれない。だから店を広げること、二号店や三号店を出そうとは、考えていないのかもしれないわ」
ロゼッタは私の言葉に「あー、なるほど」と強く納得している。
そして呟く。
「順調なのに、お店を止めちゃうなんて。おかしいよ、デグラン」