まだ婚約者なのに……!
村人はよそ者を警戒する。村人の紹介がないと、村自体へ入りにくい――それはニコールとジョシュからもらった本にも書かれていたことだ。
デグランをチラッと見ると思案顔。
「明日、現地のガイドが来る。そのガイドと話してから返事をしてもいいか?」
「ああ、構わない。現地人の知り合いがいるなら心強いな。お前は現地の言葉も理解できているし、しっかりしている。最初は奥さんに声を掛け、悪かった。明日もこの時間にこの店に来る。俺達は毎日のように、ここに滞在中はこの定食屋に来ている。村への案内が必要なら、この店へ来てくれ」
さりげなく“奥さん”と言われた私は頬が緩みそうになる。
まだ婚約者なのに、奥さん……!
そうではなく!
気持ちを引き締める。
最初に私に声を掛けた男性がイードで、無口な男がラフマン、会話の中心となり、よく話していたのがイサールだった。
揃って体躯がよく、髭で顔が覆われ、三つ子のように見える。
実際三人は、年齢が一歳差の兄弟だった。
「じゃあな」
最後はデグランとイサールが握手をして、別れることになった。
「デグラン様、有益な情報を得ることができましたね!」
「うん……。そうだといいのだけど」
デグランの表情は冴えない。
どうしたのかと問うと……。
「砂漠の民は、恋人がいる、婚約者がいると分かる女性に対し、さっきみたいに気軽に声をかけたりしないんだ。それは伝統的にそういう文化なんだよ」
「そうなのですね。でも王都ではバカンスシーズンに、令嬢狙いの令息がお店に来たりしていましたよね? 貴族の令息だったら、令嬢に対し、気軽に声を掛けることは本来相応しくないこと。でも
その感覚が変わってきている可能性もありますよね?」
店に来たナンパ希望の令息二人は、私のしたちょっと怖い話を信じ、お痛な行動は止めてくれた。でもモラルの変化は時代の流れと共に否めないのでは?と思うのだ。
武士や騎士は礼節を重んじるから、迂闊に女性に声を掛けない……というイメージもあるが、実際はみんながみんなそう言うわけではない。
砂漠の民も伝統を重んじるかもしれないが、時代が変われば、そうではない人々も現れるのではないか。
「感覚が変わってきている……。そう言われると、自分がお爺さんになった気分だ」
「そんなことないですよ! デグラン様もまだ若いと思います! それにあの三人だって若いというわけではなく……私達より年上に思えました。年齢はそこまで関係ないと思いますよ。時代の流れで感覚が変わりつつあるというか……。新しい価値観に賛同できれば、年齢など関係ないと思います」
「ははは。ナタリーお嬢さんらしい発想だな。でもそうだな。様々な交易品が入ってきて、新しい文化を目の当たりにし、価値観も変わるのだろうな。東方から伝来したウキヨエなんて、男女の破廉恥な姿が表現されたものもあるって、アジャリ様も言っていたしな。だからと言って東方の人々が、みんながみんな、破廉恥なのかというと、そうではない。人それぞれなのかな」
破廉恥な浮世絵……。
確かにそれは存在する。
春画と呼ばれるジャンルだ。
かの葛飾北斎や喜多川歌麿だって春画を手掛けている。
それはともかく。
人それぞれ。まさにそうだと思う。
みんながみんな伝統的な考え方で行動するとは限らないということだ。
それに。
「せっかく手に入れた情報です。本当に街外れの村にハリードさんがいるのなら、砂漠の中を探し回らないで済むかもしれないですよね。明日、現地のガイドにも相談し、村へ案内してもらうのでいいのではないでしょうか」
「そうだな。一応、裏を取り、現地のガイドと話して決めようか」
そう話はまとまったものの。さらに言えば、ラクダで砂漠を渡る可能性は低くなってきたものの。
せっかくラクダに乗れるようになったのだ。午後もラクダの訓練施設で練習は行った。
だがそれが終わると。
情報収集を続けることにした。
つまりハリードが本当に街外れの村に住んでいるのか。
他にも情報を得られないか、動いてみることにしたのだ。
「街外れと言えど、村であれば、それはサンディスタール王国の管轄になる。自治を認められているのは、あくまで砂漠にある部族たちの集落だからな。つまり役所でハリードさんの情報を得ることができるかもしれない」
それはまさにその通り!
デグランと二人、立派な干しレンガ造りの建物の役所へ向かうことにした。
「ハリード・アル=ハーミド。カリファール族の方ですか。確かにカリファール族の方が三年前、ランドル村にまとまって移住され、住民登録されています。でも移住した方々の具体的な名前までは、お知らせすることはできないですね。正当な理由と共に、手続きして申請いただかないと」
この職員の回答は尤もだった。さすがに名前までは、正統な手続きを踏まずには聞き出せない。
ただ「カリファール族の方が、三年前にランドル村にまとまって移住され、住民登録した」という事実。それだけあれば十分に思えた。
だって少なくともそこにハリードと同じカリファール族の人たちがいるのだ。
彼らと接触できれば、ハリードに一気に近づくことが出来る。
村にたとえハリードがいなくても、彼につながる情報が手に入るはずだ。
安否の確認だってできるだろう。
「上々だな。後は明朝、副団長紹介の現地ガイドに会って、相談してみよう」
こうしてデグランと共に、ホテルへ戻った。
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『私の白い結婚』
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「え、騎士団の団長!? いや、絶対! 体中傷だらけできっと獣みたいなんだわ! 私は第二王子みたいな優しい男性がいいわ! それに平民成り上がりの侯爵なんてまがい物のよ。絶対に嫌です」
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そこで私は妹の代わりに“野獣”と恐れられる騎士団長に嫁ぐことになり――。
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