看板メニュー
「マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ――なんだかすごいネーミングだな。それにナタリーお嬢さんの描いたその絵、旨そうだな……」
日中は爆睡しているデグランがわざわざ起きてお店を開けてくれたのは、私が考案した看板メニューを、お店の厨房で作れるか確認するためだ。
既に屋敷の離れの厨房で作ってみて、問題なく完成させることができた。
後はパブリック・ハウスであまり使うことがない竈に火をいれ、そこで上手くこの看板メニューを作ることができるのか。試すことになった。
「誰かを雇う余裕はないので、私が一人で切り盛りするつもりです。事前に屋敷の厨房で、パウンドケーキとクッキーを焼いて、お店へ持ち込もうと思っています。看板メニューのパンケーキだけ、お店で私が焼くつもりです」
「なるほど。それでうまく焼けるか、確認したいわけだな。持ち込むパウンドケーキとクッキーは、売れ残ったら夜に販売するよ。みんな酔っぱらいだから。喜んで手土産で買って帰ると思う」
「それは助かります! では早速、作りますね」
私はクリームイエローのワンピースに白のエプロンをかけ、厨房のあるカウンターに入った。
その様子をカウンターにもたれ、眺めながらデグランが尋ねる。
「パブリック・ハウスは椅子がなく、立ち飲みが基本だ。でもカフェで立ち飲みなんて聞いたことがない。椅子はどうするんだ?」
パンケーキの生地となる材料をボウルに入れながら、デグランの問いかけに答える。
「スツールを五脚用意するつもりです。カフェの営業時間にだけ、デグラン様のいる辺りに五脚並べます」
「そっちのテーブルは?」
このお店のカウンターテーブルはL字型になっていた。
「確かにそちらには三脚、置こうと思えば、置けるのですが、置くつもりはないです」
「一人でパンケーキを焼きながら、MAX八人の接客は厳しいか」
頬杖をついたデグランが尋ねる。
私は生地をかき混ぜながら、答えた。
「慣れないうちは、五人同時接客も大変だと思います。ただ、ティーフリーにしようと考えているのです」
「ティーフリー?」
「はい。最初の一杯は私がいれますが、そちらのテーブルにはティーアーンを置くつもりです」
ティーアーンは、金属製の紅茶専用で使われる卓上湯沸かし器。注ぎ口から紅茶が出てきてくれるので、私がサーブしないで済む。
本来自宅のティータイムや夕食時に使うものであるが、それをカフェで利用することを思いついたのだ。勿論、カフェでティーアーンを使っているところなんてない。
前世でいう、セルフサービスになる。
この世界、舞踏会の軽食コーナーでさえ、メイドや執事が紅茶をいれてくれた。カフェで、自分で紅茶をいれるなんて……となるかもしれないが、ティーフリーにすると決めたのだ。
つまり一杯目のお茶代しか受け取らず、二杯目以降はティーアーンから何杯でもご自由に、となる。これはこの世界では画期的なこと。他のカフェではお代わりは、したらした分、御代がかかるのだから「まあ、そうなの!?」となるはず。
しかもティーポットに茶葉を入れてお湯を注いで……なんてことをするわけではない。ティーカップを手に、ティーアーンの摘まみ口をひねり、紅茶を注ぐだけなのだ。これなら「紅茶なんて、メイドにしか淹れてもらったことがありません!」という令嬢でも問題はない。
という私の考えをデグランに説明している間に生地の用意は終わり、フライパンを温める。デグランはこのお店を、前世でいう居抜き物件として手に入れていたが、以前のお店は料理に力をいれていたようだ。竈が二つあるので、パンケーキを二つのフライパンで焼くことができた。これは実に便利。
「ナタリーお嬢さんはお店なんて、経営したことないんだよな?」
「ないですよ。この人気店を経営しているデグラン様のことは、尊敬していますよ」
「そうか」とデグランは前髪をかきあげ、照れている。
一方の私はフライパンに生地を流し込む。
「初めてなのに、ショップカードのことを思いついたり、看板メニュー以外は事前に作って持ち込むことを考えたり、ティーアーンを使ったティーフリーサービスをやろうと思ったり……。俺の方がナタリーお嬢さんを尊敬だよ」
「でもデグラン様だって、売れ残りを夜に販売することを思いつきましたよね? 経験から浮かぶアイデアは、机上の空論ではないですから、すごいと思います。そして作ったものを無駄にしないで済むので、とても嬉しいです」
ニッコリ笑ってそう伝えると、カウンターに肘をつき、顎を乗せていたデグランは体を起こし、背中をこちらへ向けた。そしてなんだか深呼吸をしている。
どうしたのかしら……?
「ナタリーお嬢さん、多分、客はちゃんとつくよ。お嬢さんの人柄に惹かれて、みんな話をしたくなると思うな」
「え、あ、そうですか?」
いい感じで膨らんできたパンケーキをひっくり返す。
「それにすごくいい香りだ……。伯爵令嬢なのに、パンケーキを焼けるってところも、すごいことだぞ」
これにはドキッとしてしまう。転生者だから平気でカフェをやろうと思いつき、パンケーキを焼いている。だが通常、この乙女ゲームの世界の令嬢は、没落するか修道院にでも行かない限り、厨房には立たない。
「ま、まあ、窮鼠猫を噛むですよ。……そこまで追い詰められているわけではないですけど、でも、はい」
そんなことを言いながら、実は同時進行していた紅茶を出す。
今日は作った看板メニューのパンケーキと紅茶をデグランに試食してもらうことになっていた。
用意した紅茶はアッサムティーだ。
「この紅茶は、ホットケーキにサンドされたマシュマロと、蜂蜜の甘さにあいます。よってパンケーキを食べ終わった時点で、紅茶が残っていたら、ミルクをいれてみてください。ストレートで飲むには、強い紅茶なので」
「了解」と答えたデグランが紅茶の香りを楽しんでいる間に、焼けたパンケーキをお皿に移し、マシュマロに少しだけ焼き目をつけ、すぐパンケーキに乗せる。
そこに屋敷の離れで作った自家製きな粉=黄金パウダーをかけ、さらに蜂蜜をかけた。さらにもう一枚のパンケーキをのせ、蜂蜜をかけ、きな粉を散らし、ダークチェリーのコンポートを乗せて完成だ。
「できました! 『マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ』です。今回はダークチェリーのコンポートをトッピングしましたが、季節ごとに変えようと考えています。夏は桃やマスカット、秋はマロングラッセ、冬はリンゴジャムという感じで」
お皿とナイフとフォークをカウンターに置くと、デグランの目が輝く。
「これは美味そうだ! まず香りがいい! それになんだ、この黄金の粉は! 初めて見たぞ。なんだか金がかかったパンケーキみたいだ!」
「黄金パウダーは、きな粉と私は呼んでいます。炒った大豆を粉砕して作りました。そして……中のマシュマロが温かいうちに食べるのがポイントです。焼きマシュマロは絶品ですから」
「要はすぐに食べろと言うことだな。ではいただきます!」
デグランはナイフとフォークを使い、食べやすいサイズに手早く切り分け、マシュマロがサンドされたパンケーキを口に運ぶ。
「! なんて味なんだ……! マシュマロの味に黄金パウダーの香ばしさが加わり、絶品じゃないか。これは間違いなく、看板メニューだ!」
この言葉にはホッとしてしまう。
多くのカフェと差別化できるメニューと考え、最初はあんこをサンドすることも考えた。だが前世で、あんこが外国人になかなか受け入れられないと言っているのを聞いたことがあった。欧米では、豆はサラダやスープでいただくのが基本。甘い豆=あんこは、ミルク粥に抵抗を感じる日本人の感覚に、通じるものがあるようだ。
確かにお米に牛乳を入れ、さらにレーズンをいれるなんて!と私も思ったことがある。
そこで何をサンドするかと考えた結果、焼いたマシュマロをクッキーとチョコレートでサンドするスモアのことを思い出した。パンケーキで焼きマシュマロをサンドしても、絶対に美味しい!と思ったわけだ。さらにこの世界には、ちゃんとマシュマロが存在してくれていた。
それでいてどうしても和の風味を加えたいと考え、トッピングできな粉を黄金パウダーとして使うことを思いついたのだ。きな粉なんて存在しないが、作ることは可能。しかもゴールドは貴族のみんなが大好きなもの。黄金パウダーというだけで、興味を持ってもらえそうと考えたわけだ。
きな粉といえば、黒蜜だが、こちらを用意するのは少し手間がかかる。ならばと蜂蜜で代用したわけだが、正解だったようだ。デグランの満足そうな顔を見る限り、これは間違っていない!
もう半分以上パンケーキを食べたデグランが、アッサムティーを口に運んだ。
「確かに。あうな。かなりコクのある紅茶だろうに、それが邪魔に感じない。このパンケーキとの相性はバッチリだ」
「良かったです。竈の火力にも問題なく、同時進行でパンケーキを作り、紅茶も用意することができました」
「そうなるとスツールやティーアーンなどの備品、それとショップカード、あとは紅茶の茶葉か。それらが揃えば……」
デグランが私を見る。
私はその目を見返し、頷く。
「恋愛相談カフェ、オープンできます!」