深まる謎
ポートランド公爵の手紙は、結局帰宅後、開封することになった。
そこに書かれていたことは――。
デグランがまさかそんな状況にあると知らず、驚いたこと。
特にデグランからは、連絡がないこと。
心配なので、リオウガディア帝国の第一皇女……つまりはイルーゼに連絡をとってみると、書かれていた。
きっとポートランド公爵は、イルーゼに手紙を書くのね。
そこでもし、イルーゼから公爵に「デグラン様は、大使館の離れで休養をとられています。馬車に轢かれかけ、頭を打っているのです。容態の急変があるかもしれません。よってお休みいただいています」という返事でもくれば、本当に安心できるのだけど――。
でもこれは違うだろう。
安静にするなら、デグランはあの二階へ戻るはず。
あの部屋が一番落ち着くだろうし、周囲には仲間だって大勢いるのだから……。
ううん。今、いろいろ考えるのは止めよう。明日も営業がある。寝る準備をしないと。
こうしてデグランが不在の中、週末営業に突入。そしてその知らせは、日曜日のキャンディタフトの営業時間終了間際にもたらされる。なんとポートランド公爵本人が、姿を現わしたのだ。
「シルバーストーン伯爵令嬢、大使館経由で、皇女様から返事が来ました」
「そうなのですね。どうでしたか? デグラン様は、皇女様と一緒にいるのでしょうか!?」
ポートランド公爵は、すぐに答えをくれる。
「御礼の品と共に『その節は公爵のご令息に助けていただき、ありがとうございます』と手紙が添えられていた。手紙の中で、月曜日の夜、確かにデグランと食事をしたこと。時間としては二時間ぐらい。その時は昔話で大いに盛り上がった。その後デグランは『家に帰る』と言い、レストランを出たところで解散となった――そう書かれていたのだが……」
「それはつまり……」
「デグランは今、皇女様と一緒にいるわけではない。どこにいるのかは……不明……」
デグランは風来坊。
奇しくもお客さんに話した嘘の方が、正解だったということ!?
「デグランと話をした際、宮廷料理人を辞めた時、大陸にある国々を渡り歩いたと言っていた。誰にどこへ行くとも言わず、ふらり旅に出たと。デグランにそう言う気質があるのかもしれないが、今回もそうなのだろうか? 我が息子のことながら、分からないことが多く……」
ポートランド公爵は困り切り、頭を抱えている。
でもそれは仕方ない。
公爵がデグランと過ごした時間は、ここ数カ月と限られたもの。
「あ、まかないが用意できました。今日は阿闍梨様の弟子の皆さんが揚げてくれた、季節野菜の天ぷらです。岩塩やこちらのつけだれでどうそ」
ポートランド公爵、バートン、ロゼッタ、ルグスは、カウンター席に座っていた。ロゼッタとルグスは私の様子を心配し、顔を出してくれていたのだ。一方の私と阿闍梨の弟子は、カウンター内で後片付け中だった。
揚げたての天ぷらを食べながら、バートンがポートランド公爵に語り掛ける。
「確かにデグランには、風来坊な気質があると思います。ふらりと旅に出て、数年経ってようやく戻り、そして突然、パブリック・ハウスを……『ザ シークレット』をオープンさせたのです。でも今回は……」
そこで言葉を切ったバートンが畳みかける。
「記憶の一部を失ったとしても、それがどこかに消える理由になるとは思えません。仲間と『ザ シークレット』のことを、デグランは心から大切にしているのです。急にいなくなるなんて……いくら風来坊でも、デグランらしくないと思います」
「じゃあデグランはどこにいるの? なんで姿を……え、もしかして夕食を終えて、レストランから出た後、具合が悪くなった……とか? まさか容態が急変して」
「ロゼッタ!」とバートンがロゼッタの頭にぽすっと手を載せる。
「縁起でもないことを言うものではない、ロゼッタ!」
そうバートンが言うが、私の心臓は……今の言葉で不規則に鼓動し始めていた。
頭を打った場合、確か二十四時間は注意が必要だったのでは!?
容態の急変は十分考えられる。
外傷はないと言っていたが、記憶を失っているのだ。
頭は確かに地面にぶつけているはずだった。
「こうなったら私兵を動かすつもりです。同時に王都警備隊に、行方不明として届を出し、こちらでも捜索を依頼します」
ポートランド公爵の言葉に「そうですね」と応じているが、心臓のバクバクが止まらない。
落ち着いて、私。
容態の急変とは限らないわ。
何か思うことがあり、姿を消しただけかもしれない。
だから、過剰に心配する必要はないと、自分自身に言い聞かせる。
だが、自分の分のまかないを食べても、味を感じる余裕がない。
ポートランド公爵は、天ぷらを食べると御礼の言葉と共に店を出て、ルグスとロゼッタは王都警備隊へ向かってくれた。バートンと阿闍梨の弟子と共に『ザ シークレット』をオープンとなったが……。
ちょっとでも気を緩めると、不吉な想像をしてしまう。
その結果、いつも以上に神経を張り詰め、営業をすることになった。
よって閉店時間を迎え、屋敷へ戻ると……。
明日は月曜、店休日だ。
入浴をせず、着ていたワンピースを脱ぐと、もうベッドにバタンキューだった。






















































