格が違います……!
「王妃殿下、大変申し訳ありません。デグラン様は、今日は」
「ええ、宮殿に来ているわ。今頃、国王陛下と謁見しているかしらね? ふふ。それならバレないと思って来たのよ。さっきお伝えした通り、わたくしが話したい相手はシルバーストーン伯爵令嬢、あなたですからね」
そうだった。
デグランではなく、私。
え、私? なぜ!?
同じモブ同盟かもしれませんが、格が違います……!
国王陛下夫妻は、準メインキャラだと思うのです!
「中へ入っていいかしら?」
「も、勿論でございます!」
「ノー」の選択肢など、あるわけがなかった。
もはや条件反射で「イエス」に通じる答えを口にしていた。
ロゼッタに目配せすると、恐れおののきながらも、彼女はすぐに水とメニューを用意するため動き出す。私は王妃をカウンターの真ん中の席に案内した。すかさずロゼッタが水とメニューを置き、私は震える声で説明を行う。
その間にロゼッタは、「貸し切り」と書いた紙を扉に張ってくれる。
チラッと見ると、近衛騎士が二人、扉の左右で背筋をのばし立っていた。
苔色のマントにより、一見するとその隊服は見えない。だが身長二メートルに届く勢いの大男が二人も、店の入口を見張るようにして立っているのだ。しかも何者なのかも分からない。
これを見て、店内に入ろうとする人間は……いないだろう。
確認していないが、裏口にも近衛騎士が見張りでいると思った。
さらに店内に二人の近衛騎士が入って来た。
「せっかくだから、パンケーキと紅茶を頼むわ」「かしこまりました」
王妃のオーダーをとり、すぐに厨房に入り、パンケーキ作りを始める。
すると近衛騎士が一人、断りを入れてから、厨房に入ってきた。彼はただ無言で、調理の様子を見ている。しかもパンケーキは二人分用意するよう言われ、その一つはこの近衛騎士が食べるというのだ。つまり毒見するとのこと。
私が調理している最中、ロゼッタは紅茶をいれていた。王妃はそのロゼッタに、気さくに声を掛けている。ロゼッタは完全に舞い上がった状態で、王妃と最近の街の様子、つまりはオータムフェスティバルのことなどを話していた。
こうして普段より長く時間がかかったように感じたが、いつも通りの時間でパンケーキは完成し、毒見も済んだ。王妃はパンケーキが目的ではないと言っていたが、それでも提供する際は緊張しまくりだった。
「お待たせいたしました。こちらが当店の看板メニューの『マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーのブラックシロップかけ』でございます」
そう言って出来立てのパンケーキを王妃の前に置き、黄金パウダー(きな粉)とブラックシロップ(黒蜜)の説明をした。王妃はその香りを思いっきり堪能して微笑んだ。
「そこの近衛騎士のテディは、美食家なのよ。普段、毒見はしないのだけど、毒見係まで連れてくると大所帯になってしまうから、彼に頼んだのだけど……。一口食べた時、頬が緩んでいたわ。テディがあの顔をするということは、このパンケーキは間違いないはずよ」
王妃の言葉にテディを見ると、彼はハッとして表情を引き締めている。しかも口の端には、黄金パウダーがついていた。さらに慌てて調理台に置かれたパンケーキは……もう後一口分しか残っていない。毒見ってあそこまで食べる物なのかしら?
「テディ、そこまで食べて、一口だけ残すなんて。美味しかったのでしょう。食べてしまいなさいよ」
王妃がクスクス笑って指摘すると、テディの真面目な顔が、カアーッと赤くなる。
それを誤魔化すように、残り一口を食べると「ご馳走様です。……とても美味でした」と言われ、私は胸をなでおろす。王妃も早速、ナイフで優雅に切り分け、マシュマロをサンドしたホットケーキを口に運ぶ。しばし咀嚼した後。
「……これは、なんて美味しいのかしら! デグランが……考案したわけではないわね? 彼も斬新な料理を時々提案してくれたわ。でもこれは違う……なんというのかしら、文化が違うわね。この国の文化に異文化が混じったようだわ。すごいわね、シルバーストーン伯爵令嬢!」
王妃はもう大喜びで、パクパクと食べてくれる。
アッサムティーも絶妙なタイミングで口に運んでくれるので、私はすぐにお代わりを用意した。
しばし、王妃のもぐもぐタイムだった。
洗い物をしてくれていたロゼッタもこの様子を見て、満面の笑顔だ。
「ご馳走様でした。……感動しましたわ。シルバーストーン伯爵令嬢、あなたを王宮の専属パティシエに迎えたいぐらい。パンケーキ自体のクオリティは、本職に敵わないと思いますの。でもね、この組み合わせが素晴らしいわ。こういう新しいスイーツを提案できるパティシエは、なかなかいないのよ」
「お褒めの言葉をいただけて光栄です」
「本当に満足ですわ」
王妃は口元をナプキンで拭うと、改めて私を見た。
「では少しお話の時間をいただいていいかしら?」
「勿論でございます」
「二つ話したいことがあるのよ。一つはニコールのこと。もう一つはデグランのこと。まずはニコールのことを話しましょうか」