え、なんで!?
なぜなら扉からこちらの様子を伺っているのは、騎士だ。
しかもアレン様たち王立騎士団の騎士ではない。
地味な苔色のマントを着用しているが、店内にいる私達に身分が分かるように、マントをめくりあげた。そこに見えたのは。
王立騎士団の隊服は、コバルトブルー。
でもこの赤にゴールドの宝飾たっぷりの隊服は……。
近衛騎士団だ。
え、なんで、近衛騎士が!?
王都の住人と接触する機会がもっとも少ない騎士が、近衛騎士だと思う。
なぜならこの乙女ゲームの世界では、近衛騎士は王族の警備と警護を専門としていたからだ。街の住人が王族と接する機会なんてあまりない。
孤児院や修道院を稀に王族が慰問することがあった。そこで王族の姿を見ることがあり、その際に近衛騎士達を見ることはあるが……。
あ、でも!
王立サンフラワー学園では、何度か見かけたわ。
なぜならヒロインの攻略対象の一人であり、悪役令嬢ニコールの婚約者である、この国の第二王子ジョシュ・ウィリアム・コンランドが学園に在籍していたからだ。学園までの送り迎えで、近衛騎士の姿は何度か見かけたことがあった。
一瞬、第二王子がついに来店!?と思ったけれど。この時間はまだ、授業中だ。
「ナタリーお嬢様、何かやらかしました?」
ロゼッタが震えて私に近寄る。
「な、何もしていないわ。至って健全に営業しているもの」
「じゃ、じゃあ、デグランが犯人!? もしかして逃亡した!?」
「まさか、そんな!」
そこで扉がノックされた。
そこに近衛騎士がいると分かっているのに、私もロゼッタも扉を開けようとしないので、業を煮やしたようだ。
これ以上罪が増えるのは怖い。
いや、そもそも何の罪も犯していないと思うのだけど……。
一人ではなかった。そばにロゼッタがいる。
それでもよりによってデグランやバートンがいない時に、近衛騎士が来るなんて!
そこで恐る恐るで扉を開ける。
近衛騎士はなんだか眼光が鋭く、こ、怖い……。
三人の近衛騎士を前に、私はガタブルだった。
「急なお願いですが、今から貸し切りに出来ますか?」
「へ?」
「我々はエマ・メアリー・コンランド、この国の王妃殿下を警護しています。王妃殿下はこちらのお店のパンケーキを、お召し上がりになりたいそうです」
これには口をポカンと開けてしまうことになる。
エマ・メアリー・コンランドは、確かにこの国の王妃であり、悪役令嬢ニコールの義理の母になる人物であり、セーラが攻略中のジョシュの母親でもある。
なぜそんな人物がパンケーキを食べに来たの!?
そんなことがあるだろうか?
王宮にも宮殿にも専属のパティシエが何人もいる。こんな街の――。
ううん、待って!
このカフェのパンケーキを作っているのは、元宮廷料理人でスー・シェフまで務めた人物だ。足を運ぶ価値は……ある。
王立騎士団の副団長であるアレン様が、部下に美味しいと紹介し、騎士が既に何人も来店してくれていた。彼らの口コミが広がり、ついぞ王妃にまで届いたのかしら!?
も、もしそうであるならば。
大変なことである。
よりにもよって今日は、デグランがいない。休みなのだ。
勿論、普段のお客様も舌が肥えてしまっている。だから今日、来店して、私がパンケーキを出したら「いつもと違う!」と思うかもしれない。だが常連さんは、それでも許してくれると思うのだ。デグランが休みなら仕方ないと。
しかし今、貸し切りを頼んでいるのは、王妃!
わざわざ王宮深くにいらっしゃるのに、街中まで足を運んでくれたのだ。
それなのに「がっかり」なパンケーキをお出ししたら、アレン様の名誉にも関わる。
王立騎士団の副団長であり、筆頭公爵家の次期当主なのに、この程度のパンケーキを絶品というのかと。
もう全身から汗が噴き出し、震えながら声を出すことになった。
「も、申し訳ありません。本日、いつもパンケーキを担当している調理人が休みなのです。よって王妃殿下にご満足頂けるパンケーキをお出しすることが、難しいと思うのですが」
「構いませんよ。パンケーキは口実ですから。私はね、ナタリー・シルバーストーン伯爵令嬢、あなたとお話をしてみたくなったのよ」
もうその場で座り込みそうになっていた。
近衛騎士は、あのヒューゴ上級指揮官くらい、屈強な体躯をしていた。身長だって三人とも、二メートル近かった。まさかその背後に、既に王妃殿下がやって来ていたとは、思ってもいなかったのだ。
近衛騎士が下がり、目の前に王妃が現れた。
この姿は前世乙女ゲームをプレイしていた時に、見たことがあった。同じモブだろうが、モブの中でも別格だ。ちゃんと金髪にエメラルドのような瞳と、ジョシュそっくりの風貌をしている。近衛騎士と同じ苔色のローブを着ているが、その下のロイヤルブルーのドレスは、シルクの光沢で輝いて見えた。ネックレスやイヤリングも、本真珠。昼間なので華美ではないが、明らかに高級感が漂う。
「王妃殿下、このような場所に足をお運びいただき、光栄です」
「ふふ。久しぶりに来たわよ、この辺りには。わたくしもね、王立サンフラワー学園に通っていましたから、この近くは馬車でよく通りました。さすがにパブリック・ハウスが多くて、まだお酒が飲める年齢ではありませんでし、通り過ぎるばかりでしたが……」
な、なるほど!
王妃自身、ここに土地勘があったのね……!
「お店を利用したのは、国王陛下と二十代を思い出し、お忍びデートをした時かしら。デグランの顔も見たくて、このお店にも来たのよ」
まさかのデグランつながりで来店!? それなのに肝心のデグランがいない!