【番外編】長男狙いの令嬢のBefore→After
「パッツィは無理しなくていいんだよ。お姉ちゃんは将来婿養子をもらうことになる。我が家では男の子に恵まれなかったからね。だからお姉ちゃんは少し、当主を補佐できるような勉強をさせている。でもパッツィはこんなに可愛いんだ。この可愛いパッツィのままでいれば、素敵なお婿さんが見つかる。お嫁に行くにはまずはマナーとダンスだ。こんな本を読む必要はないんだよ」
姉は、お父様から英才教育を受けさせられ、才女となり、お母様似で美人だった。
対して妹の私は……。
お父様はしきりと「可愛い、可愛い」と言ってくれる。
確かに姿見で見る私は可愛いとは思う。
でも何というか、私は小柄で小顔で、長身な姉に比べると、ドレス映えもしないというか……。
姉に対する劣等感は、子供の頃からずっとあった。
その姉が子爵家の嫡男との婚約が決まったのだ。
これにはお父様は驚き、でも大喜び。
姉の婚約者は我が男爵家の爵位も継ぐことになる。つまり子爵家と男爵家の両方を継ぐわけだ。姉に二人子供ができたら、次男も爵位を継げるのだから、実においしい話だと思う。
姉が嫡男と結婚し、婿養子を迎えないなら、妹である私が婿養子を迎え、男爵位を継ぐことだってできたと思うのだけど。そうならなかったのは、姉の婚約者が大変優秀だったからだ。
姉の婚約者は、近いうちに伯爵位を授かるだろうと言われている。高位貴族は爵位をいくつも保持できるが、これはもう一人勝ちみたいな状態。彼に領地経営と運営を任せれば、発展するに違いない。お父様はそう判断し、私に婿養子を迎えようとは言わなかった。むしろ……。
「パッツィは無理して結婚しなくてもいいんだよ。このままこの屋敷に残り、お父さんとお母さんとずっと暮らしてもいいんだからね」
冗談じゃないわ。お父様は私を溺愛するけれど、いつまでも手元に置いておくなんて!
そこから。
私は絶対に姉の婚約者よりすごい人と結婚したいと考えるようになった。それでお父様にはっぱをかけ、お見合いを沢山したのだけど……。
全然うまく行かない。
せめて私と同じ男爵と。高望みして伯爵か侯爵家の嫡男と結婚したいだけなのに。そして釣書ではOK。ところが実際に顔合わせをすると……。その後が続かない!
なぜダメなのか。全く理解できなかった。
そのカフェを知ったのは、知り合いの男爵令嬢のお茶会の席だ。
夜はパブリック・ハウスになるが、日中はカフェ。
看板メニューのパンケーキは東方ブームの食材が使われ、絶品。
しかも調理人がイケメン!
その上、恋愛相談に乗る店員がいるというのだ。
いいわ。そこに行ってなぜ私のお見合いがうまく行かないのか。
聞いてみようと思ったのだ。
◇
そのカフェ「キャンディタフト」で私は、号泣する事態となる。
自分の浅はかさに気付かされたというか、もう情けないやら、なんやらで……。
店員さんのアドバイスは、恐ろしい程的確だった。
しかも最初は畳みかけられている気分になり、反論まで私はしていた。
だがその店員さんは、私のことを思い、アドバイスをしてくれると分かったのだ。
その瞬間、もう涙が止まらなかった。
姉に対抗し、姉の婚約者よりいい令息を狙っていることを、あっさり見抜かれた。しかもお見合い相手がどんなタイプなのか考えず、自分中心でいたことも指摘されたのだ。その上で、本当にそれでいいのかと問われた。誰かと競っても意味がないと。大切なのは……私が幸せになることだと言われた時。
この店員さんのことを、心から好きになっていた。
……女性だけど。
そして変な意味ではなく。尊敬できる人だと思えた。
でも、ここで大泣きしたことで、私は不思議な出会いを果たすことになった。
私が赤裸々に自分の気持ちを店員さんにぶちまけていた時、カフェには別のお客さんもいたのだ。店内はカウンター席しかなく、かつ私が大声で話していたので、相談内容はその二人の騎士も聞いていたと思う。
店員さんのアドバイスを聞いた後だから、私は自分の愚かさに気付くことができていた。
普通なら、なんて自己中心的な令嬢だと思われてもおかしくない事態だった。
ところが騎士の一人がハンカチを差し出してくれたのだ。
これには驚き、思わず尋ねてしまう。
「わ、私は、自分のことしか考えていないような人間なのに……」
「このカフェに来た時は、確かにそうだったのでしょうね。でもアドバイスを受け、気が付くことができのでしょう。明日からは……今この瞬間からも、ご自身の生き方を変えたいと思っているのでは?」
ハンカチを差し出してくれた騎士は大天使に思えた。
「自分は次男なので、できる兄を持ち、いろいろ苦労もしています。つまり立場的にも、あなたの気持ちが分かってしまう」
もう一人の騎士も、そんな風に言ってくれる。
このカフェは……店員さんがいい人だからだろうか。
お客さんもいい人が集まっているのかもしれない。
「もしお酒を飲めるなら年齢なら、これから一杯いかがですか?」
「こういう時はガツンと飲んで、すっきりしてから屋敷に戻るに限ります。自分たち騎士仲間はみんなそんな感じで、塞ぎ込みたい気持ちを盛り上げているんですよ」
『キャンディタフト』はこの時間、まだカフェとして営業している。だが周囲のパブリック・ハウスは違う。ランチ営業からお店を通しで開けているところもあるという。そこで飲もうとなったのだ。
これは……嬉しい申し出だった。
私はお酒を飲める年齢だったし、こんなに大泣きした後だ。
気持ちを切り替えるために、一杯ガツンと飲む。
いいと思えた。
「ありがとうございます。ぜひお願いします!」
爵位や続柄ばかり気にして結婚相手を探すのはやめよう。
もっと相手の気持ちを考え行動しよう――そう心に誓い、店を後にした。






















































