思い出を作りたい
白樺の森にあるポートランド公爵家の別荘には、お昼前に到着できた。
エントランスにはちゃんと使用人の皆様が、迎えに出てきてくれている。
白樺の森の近くには、村も街もあった。
その住人を使用人として雇い、定期的に別荘の手入れをしていたし、別荘滞在時にお世話をしてもらうわけだが……。今日は、馬車と馬の手入れができれば十分だった。屋敷に入ってもエントランスホールのソファで少し休憩をさせてもらい、すぐに外出するつもりだったのだけど……。
ポートランド公爵は、デグランと私が向かうということで、何と別荘内の掃除も完璧に済ませてくれていた。しかもテラス席に、昼食を用意してくれたのだ!
てっきりヴィリツェの里のいずれかのレストランにでも行くことになるかと思っていたので、これにはビックリ。しかも白樺の美しい木々が見え、鳥のさえずりが聞こえる中、食事ができるのだ。
用意されている料理は、近くの村で取れた野菜を使ったサラダ、コンソメスープ、湖でとれた魚のムニエル、森でとれたキジの丸ごとロースト、白樺の樹液で作ったゼリーなど、この地ならではの料理のおもてなし!
デグランはこれには大喜びで、白樺の樹液には興味津々だった。
「じゃあ、ナタリーお嬢さん。満腹になったところで、散策だ。そのバスケットは俺が持つから、手をどうぞ」
デグランは休憩用のフルーツとレモンケーキが入ったバスケットを持ってくれたので、私は日傘をさし、彼にエスコートされながら歩き出した。
「森……と聞いたけれど、歩道も馬車道もちゃんと整えられていて、驚いたよ」
「そうですね。馬車道は貴族の別荘につながる通りにしかありません。ですが別荘エリアからヴィリツェの里など、観光名所に向かう道はちゃんと舗装されているので、歩いて行けます。貴族向けに整備されているので、人気もあるのでしょうね」
おかげで木の根につまずくこともない。しかも森を管理する事務所もあるので、枯れ葉や折れた枝なども取り払われ、歩きやすいのだ。
「白樺の小道をナタリーお嬢さんとこんな優雅に歩くなんて……一年前の俺は想像もしていなかった」
「私もデグラン様の婚約者として、この森を散策するなんて、想像もしていませんでした」
デグランが「婚約者」という言葉に反応して、頬をポッと赤くしている。
なんて可愛いのかしら。
「……ナタリーお嬢さん」
「はい」
「思い出、作りたいな」
思い出?
そう思った瞬間。
ふわっと優しい空気の動きを感じ、そして――。
夢のような一瞬。
今、デグラン、私にキスを……。
驚いてデグランを見ると、彼は爽やかな笑顔でこんなことを言う。
「白樺の森で、白いワンピースを着たナタリーお嬢さんは、なんだか花嫁みたいだよ。そんなナタリーお嬢さんにキスしたって……絶対に俺、忘れない」
「デグラン様……」
再び歩き出すと、胸がキュンキュンしてたまらなかった。
デグランのキスはいつも不意打ちで、淡雪のように瞬時に終わっている。
瞬きしたらもう終わっている――実に可愛らしいもの。
それで思い出が出来たって喜んでいるデグランは、なんというかピュア!
くすぐったい気持ちでいっぱいになってしまう。
「お、見えてきたぞ、ナタリーお嬢さん!」
「ええ。湖も見えますね!」
こうしてデグランと二人、山小屋の工房を一軒ずつのぞいた。
ドロシーのような陶芸家の卵もいる。
絵描き、木彫り、ガラス工芸などの芸術家もいれば、オルゴール、ポプリ、刺繍の職人系もいた。
今がシーズンのラベンダーのポプリを手に入れると、こんなことを店員さんが教えてくれる。
「このポプリが入っている生地にイニシャルを刺繍してくれるんですよ、隣のお店で。有料ですが、お互いのイニシャルを刺繍してもらい、交換するカップルは多いんですよ。今日は平日で月曜日で空いているので、すぐに刺繍してもらえると思います」
これはいい思い出になると、早速、隣の刺繍の職人さんのところへ足を運んだ。刺繍が終わるまで、他の山小屋の工房を見て、そして湖へ向かった。
湖は陽射しでキラキラと輝いていた。浅瀬は透明度が高く、底が見えている。さらに遠くの方は、湖面に周囲の白樺の木が映り込み、鏡のようになっていた。
「こんなに大きな湖が王都から馬車で二時間ちょいの場所で見られるなんて……。驚いたよ。俺、どうしてここ、知らなかったのかなぁ」
「それはここが貴族向けに開発されたからじゃないですか? それにお昼で食べたお料理は美味しかったですが、魚もキジもここではない場所でもとれますからね。白樺……ぐらいですかね。はい、デグラン様。これ、レモンケーキです!」
「ありがとう、ナタリーお嬢さん! ほのかにレモンの香りがしていたから、ずっと楽しみにしていたんだ!」
湖を眺めることができるベンチに座り、持参したバスケットからフルーツやレモンケーキを取り出し、休憩だった。
「いただきます」
デグランは一口で半分ぐらい食べてしまうので、ビックリ!
男性って、本当に女性よりいろいろと大きい。手も足も。そして口も。
「うーん! 甘酸っぱくて美味しい。このレモン味のアイシング、完璧だよ。堅すぎず、口の中でとろける感じ。そしてバターケーキに絡むと甘さと酸味が相まって、感動的な味わいになる」
「そ、そうですか。デグラン様がそこまで言う程かしら?」
「勿論! ナタリーお嬢さんが俺の婚約者だから、っていう点を差し引いても、これは美味しい。店で売れるレベルだと思うよ」
この言葉には嬉しくなり、思わず頬が緩む。
「……ナタリーお嬢さんのその表情も。たまらないな。食べたくなる!」
デグランが頬に「チュッ」と可愛らしくキスをして、胸が高鳴った瞬間。
「ナタリー!」
私の名を呼ぶ声がした。






















































