まさか、まさか。
アレン様が来店した三日後。
騎士二人が来店した。
二人ともアレン様からもらったパウンドケーキに感動し、足を運んでくれた。しかもティータイム前の、スポット的にお客さんがいない時間に来てくれたのだ。何せカフェは五席しか席がない。邪魔にならない時間に行くようにとアレン様に言われ、ちゃんと時間を考えて来てくれたのだ。そして「マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ」を食べ、感動の涙を流し、帰って行った。
この時は残念ながらロゼッタはいなかったので、私は密やかに心の中で「アレン様ありがとうございます」と祈っていた。そしてティータイムには街の住人が遊びに来てくれて、そして……。
閉店までの最後のお客さんがくる時間帯。
いつものカウンター席の端には、イエール氏がいた。既にパンケーキを食べ終えた彼は、難解そうな本を熱心に読んでいる。
イエール氏はこのカフェに通う内に、かなり変わったと思う。
隣に客が座ると、自ら気さくに挨拶をしたり、ティーフリーの説明をしてくれたり。
初めてこのカフェに来た時のイエール氏の印象。
それは「ひょろっと痩せ、少し顔色が青白い男性」だった。
それがどうだろう。
血色もよくなり、体つきは健康的に見える状態になった。頬がこけている感じもなくなっている。そうなるとイエール氏は、ダークブラウンの髪に黒い瞳という、なかなかの男前に変わっていた。
最近では、イエール氏目当てに来店する女性もちらほら。
他人に興味はない。恋愛になんて興味はない――はずだったイエール氏に、ついに春がくるのではと思っていたそんな矢先のこと。
カランコロンと扉が開く音がして「いらっしゃいませー」とそちらを見た私は、あやうくティーカップを落とすところだった。
なぜなら、そこにいたのは……。
ツインテールにされたストロベリーブロンドに、ピンク色のくりっとした瞳。
頬は少しふっくらしているが、それは天使のような愛らしさ。
唇はぷるんとした桃色で、小顔で背も低く、男性ならぎゅっと抱きしめたくなる可愛らしさがある。
そして着ているのは、私の母校、王立サンフラワー学園の制服だ。ピンクに紺色のチェック柄のワンピース、紺色のボレロ。
まさか、まさか。
悪役令嬢ニコールが来店しているのだ。
よって彼女が来たとしても、何もおかしくはなかった。
それでも衝撃的。
そう、今、モブである私のカフェに登場したのは……乙女ゲーム『秘密のラブ・ロマンス』のヒロイン、セーラ・シスレーだった。
アレン様とニコールが来た時のように、私はフリーズしかけたが、何とか声を出す。そしてティーアーンに近い角の席に、セーラを案内した。
今日はロゼッタがいない。なぜならバートンが年に一度の美術協会の会合に参加しており、店番はロゼッタしかいないのだ。
つまりヒロイン来店という衝撃に、私は耐えるしかなかった。
気持ちを落ち着かせ、メニューと水を出し、看板パンケーキとティーフリーについて説明をした。すると珍しく「ロイヤルミルクティーのみでいい」と言われたのだ。
これはもしや長居するつもりはないのだろうか?
でもロイヤルミルクティーだけでも、ティーフリーはついてくる。よって居座ろうとすればできるが、そんなことをしたお客さんはこれまでいなかった。
不思議に思いつつも、デグランにロイヤルミルクティーを用意してもらい、恋愛相談の件を話すと……。
「本当に恋愛相談なんてやっているんですね。ビックリです」
もうセーラの言葉にいちいち冷や汗をかいてしまう。
できれば彼女からの恋愛相談はなしだといいのだけど……。
つまり喉が渇き、どうしても紅茶の一杯を飲みたくなって立ち寄った。でもすぐに帰ります――だったりしないかしら?と思っていたら。
「恋愛相談、ぜひお願いします」
これには心の中で涙を流しつつ「どうぞ、お話しください」と答えている。
するとセーラはおもむろに語り出した。
その話は、自身に嫌がらせをする令嬢から、突然、声をかけられたところから始まる。
自身に嫌がらせをする令嬢。
間違いなく、ニコールのことだろう。
ニコールから「二人きりで話したい」と、セーラは声をかけられたのだ。
かなり警戒し、二人きりで話すのは嫌だというと、学園内にあるカフェテリアで話そうと言われた。カフェテリアには、授業中以外、必ず生徒がいる。二人きりにならないし、何よりガヤガヤしていた。これだったらもし嫌がらせを受けても、悲鳴をあげれば、助けが来ると、セーラは思ったのだと言う。
だがその席で、その令嬢、ニコールがまずしたことは、謝罪だった。
これまでの嫌がらせを詫び、なぜそんなことをしてしまったのか、それを打ち明けたと言うのだ。
この話を聞いたセーラは複雑な心境だった。
婚約者のいる男子と自分が仲良くなることは、間違っているとどこかで理解していた。でも「好き」という気持ちが高まり、どうにもならなくなっており……。
ニコールが言ったことは理解できた。
だからといって、その男子を諦めることはできない。そう思っていたが、それよりも何よりも。あれだけ自分を毛嫌いしていたニコールが、謝罪とその真意を話す気になったのはなぜなのか。そこがとても気になった。
するとニコールはこのカフェのことを話したのだ。
このカフェ「キャンディタフト」のことを、セーラも知らないわけではなかった。噂では聞いていた。でも街中にあるカフェなんて……と思っていたが、ニコールはそこに足を運び、自身の考え方を改めたというのだ。
そうなると……セーラは気になる。
ニコールには仲直りの件は少し待ってもらい、まずは自分もカフェへ足を運んでみることにした。そして今日、来店したというのだ。
「間違っていると分かっていますよ。婚約者がいる男子を好きになっちゃうなんて。でも好きになってしまったのですもの。どうにもなりませんよね? しかも相手の男子も婚約者より、私が好きだっていうんですから」
セーラは唇を尖らせ、頬を膨らませる。
だがそこでデグランがロイヤルミルクティーを出すと……。