憧れの君
カレンダーが進み、六月となり、日没までの時間がぐっと遅くなる。
晴天の日が続き、もう夏のような陽気の日が続いていた。
そしてデグランはカフェオープン前のご飯タイムで、一枚のポスターを広げる。
「今年もやってきた。アーリーサマーフェスだ。街の一日限りのイベントだから、どのお店も参加する。参加するが、出店はしない。街の店の一つとして、競技に参加する形だ。で、パブリック・ハウスは、フェスが終わると同時に店を開けていた。参加していた人達が『お酒が飲みたい!』と流れてくるからな」
アーリーサマーフェス。
それは運動会、体育祭のようなものだ。
街最大の広場――時計塔前の広場で、綱引き、玉入れ、借り物競争、二人三脚レースなどが行われる。飲食店は出店するところが多いが、お酒の提供は禁止されている。いろいろな競技に酔っぱらって参加されると困るからだ。『ザ シークレット』が競技に参加して、出店しないのもそれが理由だった。代わりに競技に参加することで、イベントを盛り上げるわけだ。
「ナタリーお嬢さん。『キャンディタフト』はどうする? 出店をメインにするか? 出店するなら勿論、手伝う。競技に出ると言っても、出ずっぱりというわけではないからな」
「アーリーサマーフェスの開催日が六月最後の日曜日ですよね。七月から大福の発売がスタートするので、テスト販売するのに丁度いいと思うんです。アレン様に相談して、クッキーと大福の販売ができないか、検討しようと思います!」
「わー、いいねぇ。大福! ナタリーお嬢様が作ってくれたかぼちゃの大福。あれ、絶品だったから楽しみ~。間違いなく、バカ売れすると思う!」
ロゼッタがそう言ってくれることに励まされ、この日のお店の営業を終えた私は、アレン様に手紙を書く。するとアレン様は三日後。夜間勤務に向かう前に、お店へ足を運んでくれた。
コバルトブルーの隊服姿のアレン様が店に現れると、二人組の令嬢が握手を求め、マダム二人はハグを求める。アレン様は苦笑しつつも、求めに応じた。結果、サンフォード副団長推し活会の会員が、四名増えることになった。
ファンサービス(?)を終えたアレン様はスツールに座り、デグランはミニサイズパンケーキを焼き始め、バートンがマダム達の支払いの対応をする。
私は紅茶を用意しながら、アレン様と話し始めた。
「大福の件。父上とアジャリ殿とも話し、アーリーサマーフェスで販売できるよう、準備をすすめることになりました。父上の商会でイチジクの買い付けがその時期にできそうなので、イチジクを丸ごと包んだ、イチジク大福を用意しようと思います」
フルーツ大福は、前世でも人気だった。夏のこの時期、フルーツは手に入りやすい。そこでアレン様にはフルーツ大福を提案していたが、それが採用された形だ。
「イチジク大福、いいと思います! 貴族の間では人気のイチジクですが、街の人にとってはメジャーなフルーツではありません。でも“貴族に人気”となれば、みんな気になって手に取ると思います。その上で、実際に食べたら……気に入ってもらえるのではないかと」
「アーリーサマーフェス前に試作品を用意してお持ちするようにしますね」
「ええ、ぜひそうしてください」
そこで私が紅茶をアレン様に出した時。
彼の碧い瞳が揺れ、ハッと息を呑む様子が伝わって来た。
どうしたのかしら?と思い、アレン様を見ると……。
長い睫毛が伏せられ、その視線の先あるのは……デグランがプレゼントしてくれた婚約指輪だ。
ほんの一瞬、切なく悲し気な表情を見せたアレン様だが、すぐにいつもの端正な顔立ちに戻る。そしてアーリーサマーフェスがどんなイベントであるか、明るく私に尋ねた。
その問いに、私も笑顔で答えるが、気持ちとしては複雑だ。
推しには笑顔でいて欲しいと思う。
でも推しが切なそうになるのは私が原因。
こ、これは。
ど、どうしたらいいの!?
多くの恋愛相談に乗っているのに。
自分が当事者になると、てんで答えが浮かばない!
一方のアレン様は大人なので、自分の感情を完璧に隠し、出来立てのミニサイズパンケーキが登場すると、デグランに笑顔を向ける。そして嬉しそうにパンケーキを口に運ぶ。
するとそこに新たに令嬢二人――王立サンフラワー学園の女生徒二人組みが来店。
すぐにアレン様に気が付き「キャー!」となる。
二人は恥ずかしがり、声を掛けたいのに、掛けられない。
そして本人たちは声を抑えているつもりなのだろうが、興奮しているので、それは聞こえてしまう。
「ものすごくかっこいい騎士様がいる!」
「騎士様って、あれはサンフォード副団長様よ!」
「あああ、憧れの君! ど、どうしましょう~!」
「握手したい~!」
優しいアレン様がこれを聞いて、知らんぷりをできるはずがない。
「お二人は王立サンフラワー学園の生徒さんですか?」と声をかけ、ちゃんと握手をしている。
ああ、アレン様はやはり素晴らしい。
そしてこの日、さらにサンフォード副団長推し活会の会員が、二名増えた。






















































