せ、正論過ぎて何も言い返せないっ!
「このカフェの手前で、マルティネス侯爵令嬢と顔を合わせることになりました。彼女はわたしがこのカフェに入ろうとしていることに気づくと、立ち止まりました。わたしとしてはレディファーストにしたかったのですが、譲られていると分かりましたから、先に店内に入ることになりましたが……」
そこでアレン様は紅茶を口に運び、しみじみと呟く。
「あの時の彼女は思いつめた表情をしていて、何があったのかと気がかりでなりませんでした。ですが今の彼女はどうでしょう。まるで肩の荷が下りたかのように、清々しい表情に変わっていました。こんな風に誰かの顔つきを変えられるカフェなんて、そうはありません。わたしはとても気に入りましたよ、こちらのカフェが」
そこでアレン様は綺麗に食べ終えたパンケーキのお皿も示し「こちらのパンケーキも勿論、気に入りました。看板メニューなだけありますね」とデグランと私を順番に見た。
これには胸に喜びがじわじわと溢れてくる。
なんというかさっきまでは、イケメン! 推しメン!――と、実に浮ついた気持ちでアレン様を見ていた。でも今は、リアルに存在する一人の人間として、アレン様を見ることができている。なぜって。彼が恋愛とは無関係に、このカフェのことやパンケーキを褒めてくれたからだ。
乙女ゲームに登場するヒロインの攻略対象である男性キャラクターは、当然だが口にするのは恋の囁き、愛の言葉が多かった。それを期待するのが、乙女ゲームであり、それで正解。
でもリアルなアレン様は人として素晴らしいと感動できた。
「そうだ。これから会う騎士達にも差し入れしたいので、パウンドケーキやクッキーをいくつか包んでもらってもいいでしょうか?」
「それは勿論です!」
すぐにロゼッタが紙袋を用意してくれて、私はパウンドケーキとクッキーを次々と入れて行く。
「ではわたしもマルティネス侯爵令嬢の真似をさせていただきます」
そういうとアレン様は、私から紙袋を受け取りながら、なんと金貨二枚を差し出した。
「こ、こんなにですか!?」
「このパウンドケーキとクッキーもいただきましたからね。騎士というのは、見た目と違い、甘党が多い。体を動かすため、甘い物を欲するのでしょうか。……おそらく、奴らがここに来たら、まさに食べ尽くすかもしれないです。これでは足りないかな」
そう言ったアレン様は結局、金貨五枚を置いて店を出て行った。
「すごい気前のいいお客さんでしたね。あ、王立騎士団の副団長でしたっけ。めちゃくちゃかっこいいですね! 騎士団と言えば、パレードでも見かけますけど、たいがい、鎧兜に甲冑だから……。まさか兜の下があんなにハンサムだと思いませんでしたよ~」
ロゼッタの瞳が恋する乙女のようにハートになり、輝いていた。
これは前世の乙女ゲーのファンイベントでも、よく見かける顔つきだった。
ならば……。
「ロゼッタ、アレン様は素敵よね。でもアレン様は、私達からすると手の届かない雲の上の方よ。何せ王立騎士団の副団長。そしてこの国で五つしかない公爵家の筆頭。さらにそこの嫡男なのよ。こういった次元の違う方はね、愛でて楽しむの」
「愛でて楽しむ……?」
「そう。アレン様のことを密かに応援するの。公にやるとこの世界ではきっと変人扱いされちゃうから。ニュースペーパーや噂話でアレン様の活躍を知ったら、『ああ、さすが私の推しだわ』って自己満足するの。それだけでも活力になって、日々元気に生きて行けるわよ」
ロゼッタは「分かりました、ナタリーお嬢様!」と指を鳴らす。
「舞台俳優でお気に入りの方を応援する感覚ですね!」
「そう、そうよ。そうね。この世界ではそれがあったわ。それはね、素敵な騎士様にも当てはまるのよ。“推し”として応援するの」
実際、貴族の令嬢は、宮殿に足を運ぶと、騎士達の修練場をのぞく。
そこで汗ばむ季節であれば、上半身裸で訓練に励む騎士や、見習い騎士を眺め、ため息をもらすのだ。そしてもし舞踏会や晩餐会で見かけたら……と、淡い期待をする。
恐らく、そこで見かけた騎士のことをみんな、密やかに心の中で、推していると思うのだ。だがしかし。この世界に“推し活”の概念なんてないから……。
「なるほど! アレン様なら、このカフェにまた来てくださりそうですし、それに彼の部下の騎士様も来てくれそうですよね。そうなったら沢山の騎士様の“推し活”ができますね!」
「そうよ! まさにパラダイス!」
そこでぽすっと私とロゼッタの頭にデグランが手をのせた。
「まったく何をいいだすのかと思えば。ロゼッタ、浮かれている場合じゃないだろう。バートンが『いつまで経っても浮いた話がない、このままでは婚期を逃す』と心配していたぞ。騎士と町娘が結婚なんて、ありえないんだから、現実を見ろ、現実を」
「もー、デグラン、うるさい~!」
ロゼッタは頬を膨らませ、なんだか可愛らしい。
「それにナタリーお嬢さんも!」
ギクッとする私にデグランは……。
「公私混同はしない方がいいぞ。お客さんはあくまでお客さんだ」
せ、正論過ぎて何も言い返せないっ!
「そ、そうですね。気を付けます……」
ロゼッタと私の頭から手をおろすと、デグランはため息をついて告げる。
「そろそろ閉店の片づけをするぞ」
これにはロゼッタと二人、「「はーい」」と返事をする。
返事をしつつ、ただ愛でるだけで、その先のことは考えていないのに、と、今さら反論を思いついていた。
だってモブの私にとって、推しであるアレン様は、前世同様、雲の上の存在。
それが奇跡的にこのカフェに現れ、会話までして、褒められたのだ。
少しくらい浮かれてもいいんじゃないですかー!なんて珍しく口をへの字にしていると。
デグランが何とも言えない表情で私を見ていたが、フイッと横を向いてしまう。
さっきまで正論を言っていたデグランは普通だったのに。