安心して、デグラン
店休日の翌日。
恋愛相談カフェ『キャンディタフト』がいつも通り、営業開始となる。
明るいフランボワーズ色のワンピースに着替えた私は、パウンドケーキとクッキーを入れた籠を手に、お店へと向かう。
すると。
デグランが店頭に並べるプランダーに水やりをしている。
「デグラン様!」
「おっ。ナタリーお嬢さん! 今日も天気がいいな」
いつもの装い、いつもの笑顔のデグランだが、ジョウロを置くと両手を広げている。
これは……特等席へおいで、ということかしら。
デグランの瞳を見ると「その通り!」と言っていると思う。
それに頷いている。
昼間なので人通りがあるから恥ずかしい気持ちもあった。
だがこの世界はハグの文化があるから、前世の日本より目立つことはないだろう。
何よりも。
特等席へ行けるのは、嬉しい!
少し遠慮しながらその胸に身を寄せると。
デグランがふわっと私を抱きしめる。
あああ。癒される!
お互いに無言でも気持ちが伝わる。
大好きという気持ちが。
「よーし。今日も頑張ろう!」
ゆっくり私から体を離したデグランの顔は、太陽のように明るい笑顔。
そして私の手からパウンドケーキとクッキーを入れた籠を受け取った。
「! デグラン様、どうしたのですか? 手、包帯!」
「あー、これな。昨日、店休日だっただろう? ちょっと剣術の練習をやり過ぎて」
「も~、大丈夫ですか? 豆がつぶれたんですか!? 痛みは大丈夫ですか?」
「平気、平気。料理やっていると火傷もするわ、ナイフで切り傷もできる。まあ、もうちょっと厚手のグローブ買うわ」
そんなことを話しながら店内に入ると。
既にティーアーンもスツールも用意され、ティーカップセットも並べられている。
メニューもカウンターテーブルに置かれ、床にはゴミ一つない。
つまり開店準備は終っている。
そこで鈍感と言われる私だが、気づいてしまう。
いつかの私と同じだ。
早く出勤し、開店準備をして、見知らぬ貴婦人とデグランを見て悶々したのと。
昨日、アレン様と二人で私はドロシーの工房へ行った。
デグランは頭では、何の問題もないと理解していた。でも自然と沸き上がる感情では……。
私のことをデグランは心配してくれている。
でもそれは本能だと思う。男性の本能として、自分の大切に想う女性は他の男性に近づけたくないというのは。しかもアレン様は誰もが認める逸材。同じ男性として、デグランはアレン様に一目置いている。そしてほんの数週間前まで、アレン様とは友であり、ライバルだったのだ。
私のことも、アレン様のことも。
信頼しているけど、心配する気持ちはあったということ。
だからこそ剣術の練習にも、いつも以上に熱が入ってしまい……。
さっきのぎゅっとは「よかった。ちゃんと俺の元へ帰って来てくれた」と確認したかったのだろう。
カウンターテーブルにパウンドケーキとクッキーを入れた籠を置くデグランの、デニムを思わせる風合いのシャツの裾を引っ張る。
「うん?」という感じでこちらを見たデグランの頬に、背伸びをしてキスをした。
安心して、デグラン――そんな気持ちを込めたキス。
お互いの頬を触れあうチークキスが文化の一つだから。
その延長(?)みたいな頬へのキスなら、私でも自然にできた。
自然にできたけど……心臓はバクバクしている。
でも私よりデグランが大変なことになっている!
小学生みたいに顔が真っ赤になり「ナタリーお嬢さん……」と瞳をうるうるさせた時。
「ナタリーお嬢様、デグラン~!」
元気よくロゼッタがお店に入って来た。
「あ、何、何、もう開店準備済んでいるの? じゃあ、聞いて、聞いてー!」
デグランが用意してくれた砂糖を使っていないワッフルサンドを食べながら、ロゼッタの話を聞くことになった。ちなみにワッフルサンドには、デグランの自家製ベーコンと目玉焼きがサンドされ、そこに特製醤油ソースがかかっている。サンドイッチのようにパクパク食べられるが、ワッフルの外側のカリッとした食感と黄身のトロ~リ、ベーコンと醤油ソースのハーモニーがたまらない!
「日曜日に、ルグスの家族との食事会に招待されたんですよ!」
「そうなの! 今週末よね?」
ロゼッタはこくりと頷く。既にルグスの妹さんとは知り合っており、彼女とロゼッタは仲が良い。ルグスとその妹さんという味方が二人いる状態なら……。ルグスの両親、兄弟に会うとしても、緊張感は少なくて済むのではないかしら?
「ああ、嫌われませんかね? 心配です。ルグス様のお兄様の婚約者は男爵家のご令嬢。それなのにルグス様が紹介したい人がいると私を連れて行ったら……ご両親はがっかりしませんかね?」
身分の壁。
それは私とデグランの間にもかつて存在し、一時はそのことで悩んだ。
でもデグランのルーツが判明し、私と彼の間からはこの件で悩む必要はなくなった。
しかし身近な人物がこの件で悩んでいると思うと……。
以前、ロゼッタにはアドバイスをしている。
親族や友人、同僚騎士からの応援を得ることで、もし相手の家族が反対しても説得はできるのではないかなどなどだ。
とはいえ、この世界が身分制度ありきなのだから、一筋縄ではいかないだろう。
するとデグランがこんなことを言い出した。
お読みいただき、ありがとうございます!
ナタリーがロゼッタに過去にしたアドバイスが気になる読者様。
「良かったら……」の回に詳しいアドバイスが掲載されています~。






















































