騎士と隊服と推し活
陶芸の絵付け体験の時のように。
アレン様は我が家へ馬車で迎えに来てくれた。
当然、家族は「ようこそ! サンフォード副団長」という横断幕を飾る勢いで、アレン様を出迎える。
正装した母親、エリン、兄と姉、そしてアイリス色のドレス姿の私が待つエントランスホールに降り立ったアレン様は……。
コバルトブルーの隊服姿!
これには驚くことになる。
アレン様は今日、夜間勤務明け、この後夜間勤務に向かうとは言っていなかった。てっきり休みなのかと思ったら……。違うようだ。
パールシルバーの副団長専用のマントをヒラリと揺らすアレン様にエスコートされ、馬車に乗り込む。対面の席に座ったアレン様は御者に合図を出し、馬車はゆっくり動き出す。
「アレン様、今日はこの後、勤務ですか?」
するとアレン様は少し困ったような顔で、微笑を浮かべる。
「いえ、勤務ではないですよ」
勤務ではないのに、隊服姿……?
ということは……。
「あ、夜間勤務明けだったのですね?」
「いえ、そういうわけではありません」
うーん? ではなぜ隊服姿?
あ、でも。
前世ゲームのプレイ記憶では、アレン様と言えば、この隊服姿が定番だった。むしろそれ以外が珍しいわけで……。
「ナタリー嬢は騎士にどんなイメージをお持ちですか?」
唐突に尋ねられ、一瞬、キョトンとしたものの。
騎士のイメージ。
「そうですね。騎士の皆様と言えば、高潔な精神を持ち、レディを敬う。弱きを助け、主に忠誠を尽くす。騎士道に恥じない生き方をされている……ですかね」
騎士の皆様……という言い方をしている。
でも実はこれ、アレン様のイメージ。
なぜなら騎士と言っても、アレン様のような騎士は、そうそういない。
『キャンディタフト』には、浮気をしそうなんです……という近衛騎士が相談に来たくらいだ。騎士と言えど、人間。
ところがアレン様はそこが別格。
乙女ゲームのメインキャストの一人だから、というのものあるだろうけど“理想の騎士”そのもの。
「なるほど。ナタリー嬢もまた、昨今のロマンス小説に騙されていますね」
「え!?」
「騎士である前に、一人の男でもあるのです。想う相手と一緒にいれば、抱きしめたい、口づけをしたい。そういう気持ちを普通に持ちます」
これには「えええええ」と叫びそうになるが、待てよ、と思う。
アレン様は“理想の騎士”そのものだった。
でも乙女ゲームのキャラクターなのだ。
攻略が進んだ時、愛の言葉を散々ささやいてくれたではないか。
この世界のアレン様は至って真面目なので、その点、忘れていた。
「そう……ですよね。騎士であっても一人の男性。その通りです」
そこでアレン様はクスッと笑う。
「では、分かっていただけましたか。わたしが隊服姿である理由」
「!」
そこでそこに話が戻るのですか!?
騎士であっても一人の男性。
ただの男性であるならば、隊服ではなく、平服を着るような気がする。
アレン様、難しいです!
「本当に。ナタリー嬢は……可愛らしい」
フッと笑みを浮かべるアレン様が素敵過ぎて眩しい!
「ナタリー嬢は、デグラン殿の婚約者になりました。それは理解しています。わたしはナタリー嬢に心を捧げていますが、デグラン殿のことも尊敬しているのです。彼の食や料理への姿勢は、尊敬に値します。よって、デグラン殿の婚約者になったナタリー嬢に、邪な気持ちを抱いてはいけない。それは理解しています。ですが自然にわき上がる感情をコントロールするのは……。それが強い感情であればあるほど、とても難しいのです」
そこでアレン様は、澄んだ瞳を窓の外へと向ける。
「募る想いを、いきなりなかったことにはできません。自分の気持ちを律するには、どうしたらいいのか。そこで思いついたのは、自分の立場を自覚することです。この隊服を着ることで、わたしは公人となります。一人の男ではなく、騎士になるのです。ナタリー嬢の言う、騎士道に基づき、高潔な精神を保つ必要があります」
じわじわとアレン様が言わんとすることが分かり、彼の切ない決意が分かってしまう。
「もしも今、隊服ではなく、平服でナタリー嬢にお会いしていたら。あなたの隣に座り、その手に触れてしまっていたでしょう。そうしたいという願望が、わたしの中にあるのです。でもそれは許されることではありません。よってこの隊服で、その気持ちを封じているわけです」
推しが……私の推しが……私のせいで苦悩している……!
現実のことと思えない。申し訳ない気持ちになる。
「ナタリー嬢、そんな深刻な顔にならないでください。知っていますよ、サンフォード副団長推し活会」
「! な、なぜそれを……!」
「騎士団の情報網を甘く見てはいけません。不思議な会だと思いましたが、ようやく意味が理解できました」
そこでアレン様は大変秀麗な笑みを浮かべ、その碧い瞳で私を見た。
「推し活。面白い活動ですね。わたしも始めようと思います」
「そ、そうなのですね? アレン様が……推し活?」
「はい。全力でナタリー嬢を推しますよ」






















































