可愛い独り言
四月の店休日は、デグランとの婚約の手続きで終わってしまった。
貴族というのは形式ばったことが大好き。
阿闍梨の豆腐料理専門店『粋』に両家の家族が集合し、食事をして「婚約、おめでとう」で済ませるわけにはいかなかった。
シルバーストーン伯爵家、ポートランド公爵家、それぞれの屋敷にお互いを招いての食事会。その上で阿闍梨のお店で全員集合しての食事会。これで一応、両家の顔合わせを兼ねた婚約のための手続きは終わった。
だが、五月には婚約式もある。それは親族、友人を招いて、「私達、婚約します!」と宣言するもの。こちらは両家いずれかの屋敷で一度開催でOK。多くは男性側の屋敷で行われるので、ポートランド公爵家での開催となる。
結婚式ではない……ものの、デグランが一部料理を担当すると知った国王陛下夫妻が「婚約式に参加したいわ!」となったのだ。国王陛下夫妻には個人的に呼ばれ、平日の午前中に王宮へ足を運んでいる。婚約祝いとして「トリュフ」「フォアグラ」「キャビア」のまさに食の世界の“三種の神器”をもらって帰ることになった。
この日のまかないには、バートン、ドロシー、ロゼッタ、阿闍梨、私が集合。デグランがこのお宝食材を絶品料理に変身させたものを、しっかり堪能させてもらった。
ということで国王陛下夫妻からは既にお祝いされている。まさか婚約式に参列するなんて! 両家共々嬉しいのだが、いつぞやかの狂乱が再現される。
つまり両家の一族の皆様は、結婚式に参列する勢いで衣装や宝飾品を揃えることになったのだ。我が家も母親とエリンがドレスをどうするかと大騒ぎだった。この点、姉は達観しており、「昼間の正装のドレスを着るので問題なし」とドーンと構えている。兄はエリンに引っ張られ、どのフロックコートを着るか、タイはどうする、カフスは~とカオスになっていた。
私とデグランはこのお祭り騒ぎから一歩引き、平日の午前中を使い、衣装を用意。デグランは私が贈った白蝶貝のカフスとピンをつけると決めていたので、フロックコートも選びやすかった。逆にデグランは食事会で我が家に来た時、ドレス選びを一緒にしてくれたのだから、ビックリ!
どうやらジョシュが結婚式の準備で悩み相談に来た時、私がしたアドバイスが頭に残っていたようで、婚約式にも積極的に関わってくれる。だからこそ、当日も料理の一部を担当したいと言ってくれたのだろう。
でも。
ドレス選びの時を思い出すと、笑ってしまう。
だって。
デグランはドレスのことなんて分からない。ぶっちゃけ、色が違うだけでどれも「豪華だ! 綺麗だ! 繊細そうだ!」という感想しか持てないだろうに。必死に選んでくれたのだから。
「ナタリーお嬢さんなら、正直、どれも似合うと思う。これも、それも、あれも。そして俺は……どのドレス姿のナタリーお嬢さんでも、多分、その姿を見て頬を赤くすることしかできない気がする。でも、どうしても一着選ぶなら……。選ぶなら……、選ぶなら……」
あの時の悶々と悩むデグランは、抱きしめたくなる可愛さだった。
そんなこんなで婚約式の準備は進み、五月の最初の店休日。
婚約式は来週の店休日で行われる。
そして今日は何をするのかというと。
ずーっと受け取りが後回しになっていたドロシーの工房で作った花瓶を、アレン様と二人で受け取りに行くことになっていた。花瓶を受け取りに行く件を、デグランに話した時の反応は……。
「なるほど。花瓶か。まあ、副団長は騎士だから。俺の婚約者になったナタリーお嬢さんに、もうアプローチすることはないだろう。だから構わないよ、アレン様と二人でドロシーの工房へ行っても」
デグランはあっさり許してくれた。あっさり許してくれたが、こんな可愛い独り言を口にする。
「ナタリーお嬢さんは、サンフォード副団長推し活会の名誉会長。あくまで舞台俳優を応援するのと同じ感覚で、副団長を“推す”だけだ。別に副団長と手をつなぎたいとか、抱きつきたいとか、そういうことではないと。だから何も心配ないと」
丁度、カフェの片づけをするタイミングだった。
バートンはスツールを倉庫へ片付けに行き、カウンターの中にはデグランと私の二人きり。
二人でティーアーンを洗い終えたところだった。
「デグラン様」
「うん、何だい、ナタリーお嬢さん」
「私が手をつなぎたい、抱きつきたいと思い、実際にそれをするのは……」
そこでデグランの胸に手を伸ばす。
エプロンにそっと触れ、微笑む。
「デグラン様に対してだけです。この私専用の特等席以外に興味はありません」
そう伝えるとデグランはポッと頬を赤くする。
そして本当はその特等席に私を招きたいのだろうけど、ぐっと我慢したようだ。
ここが職場であり、これからパブリック・ハウス『ザ シークレット』がオープンすることを踏まえ、自制した結果。
「うん。ありがとう、ナタリーお嬢さん。信じているから」
笑顔のデグランが私の手をぎゅっと握りしめた。






















































