これを
前世では、結婚相談所に来店する男女に「理想のお相手はどのような方ですか?」と、ヒアリングしていた。初対面の未来の会員候補の希望を聞くのが当たり前で、自分の理想、望む相手なんて……まともに考えたことがない。
転生後も漠然と、この世界ならモブでも素晴らしい人が多いから、きっと良き縁談話が持ち込まれるだろうと、乙女な夢を見ていた。具体的にどんなお相手と……なんて考えたことがない。
ダメだわ。
「結婚に向けた第一歩は、自分の求める相手の具現化です。それは理想ではなく、より現実的な結婚相手像を把握することから始まります」――だなんて私、言っていたのに。肝心の自分は、それができていないではないですか!
「どんな相手がお望みなんだ?」――そうデグランに尋ねられたが、こ、答えられない。
ううん、思い出して。ここは乙女ゲームの世界。
無縁で過ごしてしまったけれど、ここには私の推しだった王立騎士団のアレン・ヒュー・サンフォード副団長が存在しているのだ。
アレン様はどんな方かというと……。
碧みがかった銀髪に、碧眼の瞳。
高めの鼻梁と血色のいい唇と頬。整った顔立ちで顎から首にかけてのラインは実に秀麗。一見すると優男に見えてしまうが、そこは騎士団の副団長様。脱いだらすごいんですという体躯をしていた。
容姿端麗なところは勿論、剣聖と呼ばれ、また馬術の達人。槍も得意で、かつ公爵家の嫡男であることから、相応の教育を受けており、数字にも強かった。諸外国へ遠征することで、自然と語学力もあり外交も得意。
何よりもとても高貴な性格をしていた。その上で騎士道精神を王道でいっていたのだ。ここまでハイスペックは、現実では存在しないと思う。乙女ゲームだから実現した逸材。
ということで今、このアレン様のことを思うままに口にしたら……。
私はとんでもなく滑稽な女に見られるだろう。身の程知らず、怖いもの知らず、つまりは理想論語り過ぎな痛い女間違いなしだ。
乙女ゲームであれば、プレイヤーのスペックに関係なしで、攻略対象は攻略されてくれる。だが現実で、攻略対象のような男性が、モブの私を相手にするはずがない。結局、転生しようがしまいが、凡人は凡人なのだ。高望みしてはいけない。
現実を見よう。
この世界の現実として、私が結婚できそうな相手って……。
この世界は男性優位な社会であり、貴族の娘は時に道具扱いとなってしまう。そうではなく、私という一人の人間の価値を認め、優しく誠実に接してくれる。年齢は年上でも年下でも構わない。極端な年齢差がなければ。あとは清潔感があり、より良い自分であろうと努力している人なら、それでいいと思った。そして正直、身分はあまり気にしていない。何より、私にはカフェがある。仲間もでき、お墨付きも得たのだ。贅沢できずとも、毎日笑顔で暮らせるなら、高望みはしない。
とまあ、そんな話を、花火を眺めながら、ぽつり、ぽつりとデグランに聞かせた。
「……俺が知る貴族のご令嬢とは全然違うな。貴族のご令嬢と言えば、まずは相手の家柄、続柄……長男かどうか、社会的地位(職業)、財産、そして容姿を気にする。性格に難ありでも、贅沢暮らしを保障してくれるなら文句はなし。夫が愛人を作るなら、自分も情夫を作るのでお構いなく……そんな女性が多かったが……」
「それはデグランが宮廷料理人をされていた時の話ですか?」
「そうだな。料理の味を気に入り、なぜか俺に対する好感度も上がり、近寄って来る貴族のご婦人や令嬢がいたが……。まあ、ようするに俺は、情夫候補だよ。我が家で雇うから、毎日美味しい料理と素敵な夜を提供してくださいって」
そこでデグランは髪をかきあげ、空を見る。
「よく言われたよ。『あなたに爵位があれば、結婚相手のテーブルに乗せられるのに。残念だわ』ってな」
「……貴族であり続けるためには、爵位ある男性と結婚するしかないですからね。ただ、私はそんなこと言う女性とはお友達になりたくありません」
そう私がキッパリ言い切ると、デグランは楽しそうに笑い、そして尋ねる。
「なんだかナタリーお嬢さんらしいな。その心は?」
「この世界では努力でどうにかできることと、努力してもどうにもできないことがあります。生まれなんて、本人の意志なんて関係ないですから。両親を子供は選ぶことができません」
「それはその通りだ」とデグランは頷く。
「お金を積めば、男爵位であれば、手に入れることができるかもしれないでしょう。でも『あなたに爵位があれば』なんていう女性は、もしデグラン様が男爵だったとしても、今度は『あなたが伯爵か公爵だったらよかったのに』なんて言いかねません」
「なるほど。要求は青天井だと?」
「そうです」
結婚相手のマッチングを成立させる難しさは、そこにあった。
今、目の前にいる相手が、最善なのか。そこで会員は迷う。
もしかするともっといい人がいるのではないか。
こちらがどれだけ言葉を尽くしても、結局、「この方はやはり違うと思います」と断り、後日。「やはりあの方がよかったのですが」となる。でもそれでは遅い。
要求、理想が青天井になると、当然だが、ゴールは遠のく。
「ナタリーお嬢さんは実に革新的だよ。そんな発想が自然とできるなんて」
なんだかデグランが私を眩しそうに見ている。
革新的。
それはそうだ。この世界ではない別の世界の転生者なのだから。
こことは全く異なる価値観の中で生きていたのだ。
「買いかぶりですよ。私は他の方と違い、ちょっと変わっているだけです」
「そういう謙虚なところも。すごいと思う」
そこでひと際夜空を彩る花火の勢いが増す。
ああ、これがフィナーレだと思った。
「終わったな」
「はい。迫力がありました。勢いがあって、スピーディーに連続で何発も打ち上げられて。色彩も豊かでした」
「なんだかそうではない花火を見たことがあるみたいだな」
これにはドキッとしてしまう。
西洋の花火と日本の伝統的な花火は全く違うから……。
ここは笑ってなんとなく誤魔化す。
「では街へ戻ろうか」
「そうですね」
私が立ち上がるのを手伝った後、デグランは広げていた布を再び腰に巻き付け、ランタンを手に取る。歩き出すのかと思ったら、シャツのポケットに手を入れて……。
「ナタリーお嬢さん」
「はい」
「これを」
デグランが私の方へと手を差し出すので、何だろうと受け取る。
淡いランタンに照らされたのは……コスモスのピンズだ。
でもこれは白い色!
「白のコスモスのピンズは、オータムフェスティバルの五十周年記念で用意されたもの。以後、白のコスモスのピンズは登場していない。みんな、次は百周年記念で出すんだろうって噂している」
「へえー、そうなんですか! 普段から本物の白いコスモスも見かけないですし、レアリティが高いんでしょうね。見せていただけて、光栄です。ありがとうございます」
デグランに返そうとすると、彼はなんだか落ち着かない様子で髪をかきあげる。
「これはさ、その……さっき、いい話を聞けたから……御礼だ」
「?」
「つまりナタリーお嬢さんに進呈する」
「えええええ、貴重な物なのに。いいのですか!?」
仰天する私にデグランは朗らかに笑う。
「いや、たかがピンズだから。ダイヤモンドとかルビーの宝石ではない。ただ街のフェスティバルの記念品だ。質屋にも売れないし、価値なんて」「そんなことありません!」
デグランの言葉に被せるように言ってしまったので、彼はビックリしている。
「このピンズの由来を聞いたら、どれだけ大切なものか分かります。デグラン様はコスモスのピンズをコレクションされているのですから」
「……ありがとう、ナタリーお嬢さん。このピンズの価値を分かってくれて。きっと他の人に渡しても、ここまでこのピンズの価値を分かってくれる人はいないと思う。だからさ、持っていてよ、ナタリーお嬢さんが。なんなら明日からカフェでつけてもらっても」
「! なるほど。私がつけていれば、デグラン様は毎日このピンズを眺めることができますもんね。コレクターの方は収集したものを、上質なお酒片手に眺めるのが楽しい……と聞いたことがあります。分かりました。任せてください。存分に眺めてください!」
「ちょっと違うけど……。まあ、いいか。では行こうか」と言ったデグランが私の手をとる。「はい!」と返事をした私は、行きに来た道をのんびり、戻っていった。






















































