おじいちゃん、おじさん、お父さんの同級生
オータムフェスティバルのイベントの一つであるフォークダンス。
街の時計塔の前の広場で、大きな輪を作り、フォークダンスは踊ることになる。参加する人数も多いし、同じ相手ともう一度踊れる可能性は低い。よってまさにこの時踊るパートナーとは、一期一会に近かった。
そんな出会いで、男性はこれぞと思った相手に、コスモスの花のピンズを渡す。
女性は必ず受け取る必要はない。ごめんなさいもできた。
でも受け取ったら、踊りの輪から離れ、二人でおしゃべりとなる。
つまり、出会いの場が貴族のようにそうあるわけではない街の住人にとって、特に適齢期の男女にとって、このフォークダンスはとても重要な意味を持っていた。
「ねえ、ロゼッタは過去に、コスモスのピンズをもらったことはあるの?」
「ありますよー。向かいの本屋のおじいちゃん。三軒隣の雑貨屋のおじさん。お父さんの同級生。あとは……」
未婚男女の出会いのイベント、であるようだが。
ロゼッタの場合、近所の仲の良い男性陣からつい受け取ってしまい、その後はいつも通りの世間話をして終わっているようだ。バートンがロゼッタに色恋沙汰が何もない……と嘆く理由が分かってしまった気がする。
「あ、ここ! ここの串焼きは間違いないです。並びましょう!」
画材屋を出て、しばらく歩くと、いい匂いが漂う一画に到着した。
数ある串焼きを売る店の中で、明らかにフェスティバルに慣れた感じの人々が並ぶ行列があった。ロゼッタは迷うことなく、その行列の最後尾に私を連れて行ったのだ。
「お兄ちゃんとデグランは、いつもの揚げパンのお店に並んで! ゲットできたら、噴水広場のベンチ集合でね」
ロゼッタは毎年このオータムフェスティバルを、バートンとデグランと楽しんでいるようだ。テキパキと指示を出している。
「ねえ、ロゼッタ。さっきのコスモスのピンズ、バートンやデグランも女性に渡しているのよね?」
「あー、あの二人はダメ」
これには意味が分からず、首を傾げてしまう。
するとロゼッタはこんな話を始めた。
「うちのお兄ちゃんなんて、どこかいいか分からないけど、あれでも人気があるの。お兄ちゃんが十五歳の時だったかな? フォークダンスで踊った女の子が『記念にして大切にするから、どうかコスモスのピンズ、私にください』ってお願いしたらしいの」
自分からピンズを求めるなんて!
随分と積極的だわ。
「お兄ちゃん、特にその女の子と仲良くする気はなかったのに、渡したら……。その女の子、同年代の女の子に、嫌味言われて大変だったんだって。デグランも似たようなものよ。フォークダンスは『参加して!』っていう女子の圧がすごいから、お兄ちゃんもデグランも参加はする。でもコスモスのピンズは誰にも渡さないの」
「そうなんだ。ということは、二人は過去のコスモスのピンズを……」
「もうコレクションしている。毎年、花の形が微妙に違うし、色もいろいろあるの。定番のピンクでも濃淡違い、赤、オレンジ、黄色、白……。だから集めるのが楽しいらしいわ」
つまりデグランとバートンは、この街で人気者なのね。
そんな二人が私のカフェを手伝っていると知ったら……。
私、恨まれそうだわ。
「あ、ナタリーお嬢様、もしかしてお兄ちゃんやデグランとカフェやっていることで、街の女性から恨まれる……って、不安になりました? でもそれはないです! だってナタリーお嬢様、明かさなくても立ち居振る舞いで貴族って分かるから。貴族と街の人間が結婚なんてありえないでしょう。だからみんな、気にしていないから、安心して!」
これには……心臓がドキリと反応していた。
ロゼッタは当たり前であるが、悪気なく言っている。
でも私はなんだか悲しい気持ちにもなっていた。
確かに貴族の令嬢と街の人間……つまりは平民との結婚なんて、あり得ないことだった。
没落貴族だったり、令嬢が妊娠していたり、平民でも銀行家や領主のような場合は、結婚する可能性はゼロではない。政治的な思惑により、入り婿として、貴族の娘と平民の息子が結婚することは、ゼロではなかった。
可能性はゼロではないが、限りなく低い。
そしてロゼッタが「貴族の令嬢と街の人間が結婚なんてありえない」と思っているなら、バートンもデグランもそう思っているのだろう。
どうしてここで、寂しいなんて思ってしまうのだろう。
バートンもデグランも、親切心で私を助けてくれている。ここに色恋沙汰が絡んでいたら、大変面倒なことになるはずだ。変な情愛がないことは、むしろ歓迎すべきことだった。
「見て、鳥の丸焼き! あれ、宮殿の晩餐会とかで出るんでしょう」
「そ、そうね。というかとても美味しそうな香りだわ」
思わずそう呟くと、間もなく注文をできるぐらい、店員さんと近い位置にいた。
だから私の呟きを聞いたおばさんが、元気よく教えてくれる。
「今日は祭だから、なんでもあるよ。牛串、鳥串、猪串、羊串……」
こうしてロゼッタと私は、六種類の串焼きを購入し、噴水広場へ向かった。
◇
串焼き、揚げパン、カボチャのスープ、そして……。
「やっぱりこのマロンアイスよ! 大粒のマロンがゴロゴロ入っているんだから。それにこのマロン、シロップ漬けだからとっても甘くて! アイスの甘さなのか、マロンの甘さなのか、分からなくなる~」
ロゼッタが感動しているが、それは私も同じ。
本当にどれも美味しかったし、こんなマロンのアイスを食べるのは、初めてのことだった。
「満腹になったなら、毎年恒例のフォークダンスだな」
デグランに言われ、ロゼッタは「そうー!」と座っていたベンチからピョンと立ち上がる。
「ねー、デグラン。コレクションばっかりしてないで、頂戴よ、ピンズ!」
「ダメだ。今年は初の紫色のコスモスのピンズなんだ。レアなんだよ。コレクターとしては絶対に収集したい」
「えー、今年、紫出したなら、きっとまた数年後に紫でるよぉ」
「だーめ!」
二人は時計塔へ向け、ゆっくり歩き出す。
デグランとロゼッタのこのやりとり。
なんだか微笑ましかった。
気さくにデグランに「欲しい」と言えるロゼッタが羨ましい……。
!?
どうして私、羨ましいなんて!
「ナタリーお嬢さんは欲しいですか、コスモスのピンズ」
並んで歩いているバートンが、ニコニコと優しい笑顔で尋ねる。
ここで私が頷いたら、優しいバートンがピンズをくれそうだったけれど……。
私がもらったとバレたら、大変なことになる!
「い、いえ、大丈夫です」
「まあ、貴族のお嬢さんに『ピンズいる?』なんて聞くことが、失礼でしたよね」
「そ、そんなことないですよ!」
「そうですか? でも、もしこのピンズに僕が本気の想いを込めていたら、どうですか? 僕の好意に応えてくれるのかな、ナタリーお嬢さんは?」
バートンにしては、珍しく意地悪な質問をしたと思う。
つまり爵位のない自分と、恋愛する気持ちはあるのか、と聞いているわけで……。
「……まず本気でバートン様がピンズをくださるなら、真剣に考えます。でも冗談ですよね?」
「ははは。そうですね。それにナタリーお嬢さんは、別に僕のことを恋愛対象として、好きなわけではないですよね? あくまで仲のいい友達。だからむしろそんなピンズもらって、好意があると言われても……困りますよね」
「もう、バートン様、今日は意地悪です」
「ごめん、ごめん。冗談が過ぎちゃいましたね」
そんなことを言いながら歩いていると、時計塔が見えてきた。
既に軽やかなメロディが流れ、フォークダンスは始まっている。
輪に入れるように、誘導してくれる係員もいた。
「さあ、はいって、はいって、お嬢さん!」
こうして私達はフォークダンスの輪に加わった。