ようこそモブ同盟へ!
この声は……!
声の主を見ると、予想通り。
紫がかった銀髪に、碧眼の瞳。
意に沿わない縁談話に悩み、初恋の令息がいるというあの令嬢ではないですか!
ライラック色のドレスを着た令嬢の隣には、ようこそモブ同盟へ!の髪色と瞳の令息がいる。
モカブラウンの髪に、チョコレート色の瞳。でも目鼻立ちはくっきりして、ツーブロック分けされた髪型も、カッコよく決まっている。着ているオリーブ色のセットアップも生地が上質であり、仕立てもいい。豪華な宝飾品を身につけいるわけではないが、清潔感もあり、笑顔も朗らか。
なるほど。
パッと見ただけでも、少し垂れ目で優しそうに思える。おっとりした令嬢にピッタリの令息に思えた。そして間違いなく、彼こそが、彼女の初恋の相手だろう。
「いらっしゃいませ! またお会いできて嬉しいです。勿論、ご用意します。パウンドケーキとクッキー、共に味が三種類ずつありますが……」
私が説明をしようとしたら、紙袋を手にしたデグランが令嬢へ近づく。
「こちら、パウンドケーキとクッキー、全種類一つずつ入っています。お代は前回の金貨から差し引きますので。そしてこれはお二人にどうぞ」
お店の飾り付けに使っていたコスモスの花束を、デグランは差し出した。
「ありがとうございます。普段より、種類が沢山あるのですね。楽しみですわ」
令嬢が微笑み、隣にいる令息が紙袋と花束を受け取った。
「わたくしね、父親に直談判したの。我が儘な娘でごめんなさい。でもわたくしにはどうしても、譲れないことがありますって。もしその件を認めていただけないなら、もうこの世に未練はないと。王立サンフラワー学園には進学せず、修道院へ入りますと伝えたのです」
これにはデグランも私もビックリ!
おっとりしていたが、聡明だった令嬢が、そんな強気な行動をとるなんて。
「……これまで、両親に対して一度も意見を言うことはなかったの。ですから二人とも心底驚いて……。でもだからでしょうか。真摯に耳を傾けてくださったのです。そして……」
そう言うと令嬢は、その陶器のような肌を、ぽっと薔薇色に染めた。
もうそれだけで分かってしまう。
「彼女の勇気により、僕達は今、婚約話を進めています。彼女の勇気に応えられるよう、僕はこれからさらにいろいろな意味で、成長しようと思っているんです」
そう言って見つめ合う令嬢と令息は。
もう幸せオーラに溢れている。
「本当にあの時は、シルバーストーン伯爵令嬢の本音を聞けて、よかったですわ。イエール伯爵や他のスタッフの方も。心から感謝しています。それでね、こちらを差し上げたくて」
令嬢がそう言うと、令息は自身が持っていた紙袋を、こちらへと差し出した。
驚いてデグランを見ると「受け取るのはナタリーお嬢さんだよ」という顔をしている。
「ありがとうございます。中を見てもよろしいですか?」
すると令嬢は、再び頬を薔薇色に染めて微笑み「ええ」と答えた。
紙袋に入っていたのは……。
額縁に収められていた刺繍。
しかもそれは紋章で……。
馬と剣と盾。
これって、代々騎士団長を輩出するサンフォード公爵家の紋章では!?
そしてサンフォードといえば、アレン・ヒュー・サンフォード様!
王立騎士団の副団長。
勿論、ヒロインの攻略対象で、唯一の年上。彼だけが王立サンフラワー学園の学生ではなかった。剣術体験の特別授業で学園を訪れ、そこでヒロインと接点を持つ。そこから彼を攻略するかどうかで、アレン様の登場頻度は、ゲーム内で変わっていたが……。
モブの私は、メインキャラや攻略対象と年齢差があり、この特別授業を見ていない。
つまりただ一人、実物を見ていない攻略対象であり、そして……私の推しキャラだった。
そうか。
この令嬢は、アレン様の妹君だったのね。
そうなると名前はレネ・スザンヌ・サンフォード公爵令嬢だ。
彼女は攻略対象の妹という存在だが、ゲーム内で登場の機会はゼロ。アレン様の家族構成の説明に、フルネームが登場するくらいだった。家族との食事のシーンで、その姿はぼやっと背景的に登場していたかもしれない。だが明確なビジュアルを、ゲームで見たことはなかった。
とまあ、刺繍を見た瞬間、前世ゲーム記憶が展開されたが。
まずは御礼だ!
「サンフォード公爵家の……レネ公爵令嬢だったのですね」
「ふふ。いつもはね、身分を明かすなと言われていますの。いろいろ面倒ごとに巻き込まれるからと。ですがシルバーストーン伯爵令嬢は、特別です。これからも仲良くしてくださいね」
「も、勿論です。……この刺繍は……額縁に入っているということは……」
「ええ、カフェに飾っていただいて構わなくてよ」
これにはもうビックリ!
家門の紋章が刺繍された布を額縁にいれ、飾ることが許される――これすなわち、この乙女ゲームの世界では、お墨付きをもらったことになる。つまり王室御用達と同じようなこと。これを飾れば「あ、このカフェは、あのサンフォード公爵家の御用達のお店なのね」となる。
その影響力たるや、すさまじいと思う。
きっと連日、大行列になってしまうと思えた。
このカフェがもう少し大きな店舗で、スタッフも沢山いて、利益追求を優先するならば。このサンフォード公爵家の紋章を、店に飾るべきだ。でも今は……違うと思う。
「これはきっと諸刃の剣だと思います。ですから使うタイミングは、いつでも大丈夫ですよ。勿論、使わずに、お持ちいただくだけでも構いません。わたくしはただ、あなたの役に少しでも立つことができたら、そう思っただけですから」
この言葉には、ジーンとしてしまう。
何よりこんな名誉をもらえるなんて。
勘当に備え、自立するために始めたことで、誰かの役に立とうなんて、そんな高尚な志はなかった。でも結果として、相談してくれた人たちが幸せになり、彼らの役に立てたなら……嬉しい。
「私には勿体ないくらいの栄誉です。……大切にします。今はまだ、これを掲げられる程、余力がありません。ひとまず大切に、私が持たせていただきます。本当に、ありがとうございます!」
「こちらこそ、ありがとうございます。では、これで失礼いたしますね」
サンフォード公爵令嬢は完璧なカーテシーをして、隣の令息も胸に手を当て、お辞儀をする。そして彼は彼女をエスコートし、人混みを進む。するとどこからともなく、護衛の騎士が現れ、侍女も続く。
「いやあ、驚いたな。カフェには街の住人から貴族まで、いろいろ足を運んでくれていたが……まさかサンフォード家の令嬢が来てくれたとは! ナタリーお嬢さんは、何か引き寄せる力でも持っているのかな?」
「そ、そうですね。どうなんでしょうか」
ここは乙女ゲームの世界であり、メインキャラと攻略対象が在籍する学園に、一応私もいたわけで。そういった意味で、何かご縁があった……のかしら?
「これで残ったのは……マロンのパウンドケーキとアーモンドクッキーのみか。大盛況だ。よーし。これで店終いだ。バートンとロゼッタのところへ行って、俺達もフェスティバルを楽しもう」
「そうですね!」
こうして片づけをして、そろそろ日没が近くなる時間に、デグランと二人、画材屋へ到着した。
「あー、もうお腹、ぺこぺこですよ! たーっぷり食べないと。まずは串焼きのお店へ行って、次に揚げパンのお店。その後は……」
レジカウンターから出てきたロゼッタの頭は、既に食べ物のことでいっぱいのようだ。
「それで最後はマロンアイス! その後はフォークダンスに参加です。ナタリーお嬢様はきっと、コスモス、もらえますよ!」
「? どういうこと?」
するとロゼッタが私の耳元に顔を近づける。
「フォークダンスで踊った相手が、気に入った、気になった、また話したいと思ったら、コスモスの花のピンズを渡すんですよ。男性から女性に! そのピンズ、男性は一つしか持っていないので、渡せる女性は一人のみ。だからこそ、受け取ったら……! 結構、このイベントで、カップルが成立するんですよ!」