高嶺の花
もう一つの悩みは、高嶺の花問題だ。
自身は男爵家の三男。気になる令嬢は伯爵家の次女。しかも彼女の父親は、別の部署で上級事務次官をしている。彼からするとまさに高嶺の花だ。
ここで注意したいのは、父親が別の部署で上級事務次官をしていること、だろう。
中途半端に手を出せば、この令息の仕事生命は断たれる。そういった意味からも、甘い気持ちで手を出すのはよくない。その上で。
「表面的なもので、高嶺の花と感じてしまうのは、仕方のないことです。ただ、本気で彼女にアピールするならば、そこは関係なくなると思います。主に、あなたの心の持ちようとして」
「と、言いますと?」
令息はクッキーを持つ手を止め、私を見上げる。
「本気で彼女と結婚前提で交際したいと考えている時、自分と相手の身分は関係なく、純粋に一人の異性として、彼女を見ていると思います。その瞬間、伯爵家の次女であることは、頭からは吹き飛んでいるのではないですか。『好き』という気持ちは、それだけ強い気持ちなのです。自分からすると高嶺の花だから、好きになるのは……と後ろ向きになる必要は、ないのではないでしょうか。かつそんな後ろ向きな気持ちで彼女に向かっても、玉砕です」
これには令息が、ハッとする。
「本気で、一人の異性として、全身全霊で好きなんです――という気持ちであれば、相手が例え高嶺の花であろうと、伝わります。伝わり、それが受け入れられるのか、ごめんなさいになるのか。恋愛は、相手の気持ちがあって成立するもの。あなたの真摯な気持ちに動かされ、うまくいったら、それはハッピーですよね。もしダメだとしても、あなた自身、スッキリできると思います。それにもし、あなたの真摯な気持ちを鼻で笑うような女性だったなら、その程度の女性なのです。玉砕して、むしろラッキーですから」
「彼女は、そんな鼻で笑うような方ではないと思います。ただ、ぼく、身分だけではなく、容姿にも自信が……」
「少し考え方を変えましょう。あなたがもし告白される側だったとして『私は容姿も自信がないです。性格もいまいちです。仕事も好きでありません。それでもあなたが好きなんですけど』と言われても、心に響きませんよね? 本気で好きでその相手に向かうなら、自分の短所を克服する努力をしてください」
「努力でいいのですか? 克服しなくてもいいのですか?」と、令息は真摯に尋ねる。
「克服できるなら、それに越したことはありません。ですが克服できないこともあるでしょう。重要なのは、克服をしようと最大限の努力をしたことです。本気の努力であり、中途半端ではダメですよ。なぜなら、そんな甘い気持ちでは、自信につながりませんから。本気の努力をし、克服できなくても、そこまでやったという自信には、つながります。お分かりいただけますか?」
「分かりました。『運動もして、服のセンスも磨き、髪型も変えました。性格も前向きになれるよう、否定的に考える習慣を、変えるようにしました。仕事に楽しみを見つけ、業務改善に取り組んでいます。自分を変えようとすることで、少しずつ自分に自信をもてるようになりました。まだまだ成長段階の自分ですが、これからも努力をしたいと思います。そしてその努力の原動力になったのは、あなたです。あなたのことが好きです』……となるわけですね」
なんだか就職や転職の面接官への回答みたいに硬いが、いわんとする方向性は、バッチリだった。要は努力することで自信がつき、後ろ向きな気持ちでの告白には、ならないということだ。そして相手の高嶺の花の女性も、自分のためにこんなに頑張る人なんだ、というのは、分かってくれると思う。その努力を笑うような女性を好きになったのなら、女性を見る目から、養う必要があるだけのこと。
「高嶺の花と感じる理由。その理由は二つあります。一つは、自分にない物を持っているから。これを補うのはなかなか難しいですよね。爵位なんて、そう簡単に手に入るものではないですから。そして理由二つ目は、自分に自信がないからです。自信がないのであれば、それこそ最大限の努力をして、自信をつけて挑むというわけです」
「つまり高嶺の花だからと、尻込みをするくらいなら、潔くあきらめる。もしその高嶺の花に手を伸ばすなら、最大限の努力をする。克服できなくても、自信をつけて挑む、ということですね」
正解なので、こくりと頷く。
「高嶺の花であろうと、人間です。人の心を持っています。そして努力している人は、輝いて見えると思いますよ。もし結果的にダメだったとしても、その努力は無駄になりません。そこまでの努力で、確実にご自身は成長しているのですから」
「職場恋愛と高嶺の花に対する考え方が、よく分かりました。結局、ぼくが悩むのは、自分の自信のなさが原因なのだろう……と気づくこともできました。断られるかもしれない。うまくいかないかもしれない。それでも努力することで、ぼくは成長する……。今一度、自分の中の彼女への気持ちと向き合い、どうするか考えてみます」
最終的にクッキーと珈琲を食べ終え、お土産のクッキーを持ち、令息は笑顔で帰っていった。次回は「看板メニューのパンケーキを食べます」と言って。






















































