他人事に思えない。
イエール氏は翌日、ちゃんと店にやってきた。
しかも彼のリサーチの賜物だろう。
店内の客が少ないタイミングでフラリと現れた。
カウンター席の端に陣取り、まずは私と会話をして、二席離れた令嬢二人組の恋愛相談を私が聞いている間は、何か論文のようなものを書いていた。パンケーキが届くと、書くのをやめ、しっかりマシュマロが温かいうちに食べてしまう。そして食後の紅茶を飲みながら、私と会話をした。
看板メニューのパンケーキと紅茶を飲み終え、イエール氏は店を出るのかと思ったら!
90分制の時間はまだまだ残っていた。そこでイエール氏はティーフリーを利用し、自らカップに紅茶を注ぎ、それを飲みながら論文を書き始めたのだ。
寛いで作業するその様子は、もう昔からのカフェの住人という感じだった。
何より、私が手の空いたタイミングで会話できればいい、後は放置で構わないというスタンスに助けられた。
こんな感じでイエール氏はカフェに通い続け、はじめましてのバートンともちゃんと挨拶をし、会話をしてくれた。ロゼッタにも名前を尋ね、自己紹介をしている。バートンやロゼッタに、イエール氏が自分から話しかけることはない。だが問われれば、嫌な顔せず答えている。さらにイエール氏ほどではなくても、何度か通ってくれているお客さんとも、会話を交わすようになったのだ。
少しずつ、イエール氏が自分以外の他者と交流するようになっていることが、見ていて分かる。
これにはもう、アドバイスをした私としても、嬉しくなってしまう。
嬉しいと言えば、ブラックシロップは人気だった。おかげで週末に集中していたお客さんも、ブラックシロップかけのパンケーキ食べたさに、イイ感じで平日にも分散されるようになった。
手探りで始めた恋愛相談カフェなのに、とっても順調。
そして今日も。
カウンターの端の席には、紫黒色のセットアップを着たイエール氏。厨房には、デニム風のシャツに、髪色と同じズボンのデグラン。クリーム色のワンピースに白のエプロンの私が紅茶をいれている。そして白シャツにモスグリーンの上衣とズボンのバートンが、接客してくれているところへ、一人の令嬢が現れた。
紫がかった銀髪に、碧眼の瞳。
ラベンダー色のレースと刺繍が、実に繊細なシルクのドレスを着ている。
ここで分かることは二つ。
まず一つ目。
彼女は乙女ゲームのメインキャラに関係する令嬢だ。
その髪色、瞳の色でそれは一目瞭然。モブに割り当てられている色ではない!
そして二つ目。
着ているドレスが見るからに高価であることから、高位貴族、おそらく公爵家か侯爵家の令嬢だと思う。
何か紋章がついたものはないかと瞬時に目を走らせるが、そこは高位貴族。
身分が高い者は、ただそこにいるだけで、街中ではスリなどにもあいやすい。ゆえに紋章がついたものは手にしていなかった。ただ身分の提示で必要だろうから、紋章が入ったものは、何か持っているはずだ。ただし、それは見えないようにしているのだと思った。
驚きつつも、空いているカウンター席へ案内する。
チラッと見ると、向かいのパブリック・ハウスのテラス席に、二人の騎士、侍女らしき一人の女性の姿が見えた。
じっとこちらを見ている様子から、すぐに理解する。
この令嬢の護衛騎士と侍女だと。
ティーアーンに近い角の席に、令嬢は優雅に腰を下ろす。
ゆっくり店内を見渡す様子に、高位貴族ならではの余裕を感じる。
基本的に彼女達は慌てたり、焦ったりしない。
ゆったりこそが美徳とされているからだ。
「いらっしゃいませ。こちらがカフェのメニューになっています。看板メニューはこちらの『マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ』ですが、蜂蜜をブラックシロップという、少し香ばしいシロップに変更も可能です。このパンケーキにあうのはアッサムティーですが、ティーフリーになっていますので……」
私の説明をおっとりとした表情で最後まで聞くと「そうね……」と小さく呟く。たっぷり一分は間を置いてから「ではあなたが説明してくれたパンケーキと紅茶でお願いできるかしら?」と答えた。
「かしこまりました」とお辞儀をして、デグランとバートンを見る。二人とも頷き、デグランはパンケーキの生地を、バートンはティーポットを用意し始めた。
私はグラスに水をいれ、彼女の前に置く。
「こちらのカフェでは恋愛相談を承っております。お時間は90分制ですが、何かご相談、ございますか?」
グラスの水を飲んでいた令嬢は、こくりと頷いた。
「聞いてくださいますか?」
「勿論です」
彼女は十五歳になったばかりで、先日、社交界デビューをはたした。
同時に。
縁談話が山のように持ち込まれた。
その結果。
浮名を流した女性は数知れずというプレイボーイとの縁談話が、本格的に進められそうになっている。相手の身分に申し分はない。年齢は十九歳。学校を卒業後一年間、遊学しており、頭も悪くない。プレイボーイなだけあり、容姿も優れていた。
だがしかし。
とにかく女遊びが激しい。彼女の学友や先輩もその彼に口説かれたことがあるというのだ。しかも彼女には気になっている令息がいた。幼なじみの初恋の相手であり、爵位は低いが、浮気など絶対にしないだろうし、とても優しい少年なのだという。
この相談は、なんだか他人事に思えない。
まさに政略結婚。家門の都合で、意に沿わない相手と婚約させられそうになっている。
ただ、これは私自身、解決策を見いだせていない問題でもあった。
私はどうしても政略結婚させられるのが嫌だと感じていた。両親が持って来る婚約者がヒドイというせいもあるだろう。だがそれ以上に、私には前世の記憶があった。結婚は自由な意志でできるもの――という意識があるから、なおのこと政略結婚なんて、受け入れられないと感じていたのだ。
その結果が今だ。
両親の持って来る縁談話を断り続ければ、いつかは「修道院へ行け」と言われるかもしれないし、勘当されるかもしれない。その時の備え、自分の居場所、職場を持ちたいと思い、このカフェを始めた。なんとかうまくいっているのは、前世の知識もあることと、人に恵まれたことも大きい。
では目の前にいる、メインキャラの関係者であり、高位貴族である令嬢が、私と同じことができるだろうか? 無理だろう。好きな人と共に、駆け落ちしたとしても、すぐに逃亡生活は行き詰まる。最終的には……その相手とも破局するだろう。
初恋は美しい思い出として胸にしまい、壊すようなことは止めた方がいいと、言うしかないのかしら? 愛のない結婚だと割り切り、夫婦生活以外で楽しみを見い出し、生きて行くことをすすめるしかない……?
どう答えるか、迷った。
でもどう見ても世間の世知辛さを知らない令嬢に、いきなり身分を捨て駆け落ちしろとは言えなかった。
そこでやんわり、今考えたことを伝えた。
「……初恋が壊れてしまうより、良い思い出として残る方がいいと思いませんか? それによく、子供が生まれれば、旦那のことなんて気にならなくて済むともいいますし……」
令嬢は私の話を聞きながら、のんびりとパンケーキを食べていた。
私の最後の言葉を聞くと、その見事な碧眼の瞳をこちらへと向ける。
彼女が口を開こうとしたまさにその時。
「ナタリー嬢とそちらの麗しきご令嬢。突然、話に割って入ること、お許しいただけるでしょうか? 私はスタンリー・ジョン・イエール。これでも王立コンランドアカデミーで教鞭をとる身です」
そう声をかけたのは、言うまでもなくイエール氏だ。
他人には関心がないと言っていたイエール氏が、話しかけてくれるなんて。
「わたくしは構わなくてよ。……ナタリーさん、とおっしゃるのね。ナタリーさんはよろしいですか?」
驚いた。
令嬢が先に答えるなんて。
でもお客さんである令嬢が構わないと言うなら、私が反対する理由はない。よって私も「はい。私も問題ないです」と答える。
するとイエール氏はこんなことを語り出した。
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『断罪終了後の悪役令嬢はもふもふを愛でる
~ざまぁするつもりはないのですが~』
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もふもふ猫好きにはたまらない
癒しだけど事件勃発からの純愛に涙がホロリ作品です。
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