……お覚悟なさい
「聞きましたわよ。なぜカフェのパンケーキを焼くような調理人が、王家のパーティーの料理を手掛けるんですか!? そんな街の人間が作ったような料理、食べることなんてできませんわ!」
ウッドハウス侯爵令嬢の言葉に、誰よりも私は早く、反応できた。
デグランを侮辱するなんて、許せなかった。
「そんなことを言わず、ウッドハウス侯爵令嬢も、召し上がってみてはいかがですか? まさか味わいもせず、街のカフェの調理人という身分だけで、差別なんてされませんよね? 第一ここに並ぶ料理は、宮廷の厨房で作られ、使った食材も宮廷調理人が仕入れたものです。ただレシピを考案し、調理を指示したのが、ウッドハウス侯爵令嬢が言う、街のカフェのスタッフだっただけですよね?」
味噌とクリームチーズのディップがのせられたカナッペ。これがのせられた小皿を、軽食コーナーのテーブルから取り、ウッドハウス侯爵令嬢に差し出すと。
「いらないですわ!」
ウッドハウス侯爵令嬢が、扇子で小皿をはじき、それは私に当たった。
身頃にディップがベタリとついた。
この瞬間、デグランが一番早く動きそうだったので、すぐにその手を掴んだ。
すると……。
「……ウッドハウス侯爵令嬢。料理を味わうことなく、そんな暴挙に出るとは、どういうことですか?」
声の方を見ると、そこにいたのはデグランの双子の兄、レナードだ!
彼は学生ではない。デグランが自身の同伴者として選んだのは、レナードだったのでは!?
「! あ、あなたはポ、ポートランド公爵のご令息、レナード様!」
ウッドハウス侯爵令嬢は慌ててカーテシーで挨拶をする。
だが。
「ウッドハウス侯爵令嬢。あなたの侮辱は、正式にウッドハウス侯爵に抗議させていただく。僕の弟であるデグランへの侮辱を!」
「え……」
「君は貴族年鑑が月に一回更新された時、目を通さないのですか? 侯爵家の令嬢でありながら、教養がないですね」
レナードはこんなキツイ言い方、普段はしないはず。これは明らかに、戒めだろう。ウッドハウス侯爵令嬢が、身分差別を口にしたことへの。対する彼女の顔は、青ざめている。
「そ、そんな……どうして公爵家の由緒正しいご令息が、街のカフェなんて……」
ぼやくように、ウッドハウス侯爵令嬢がそう口にすると。
「貴族がカフェを経営することは、ありますよね? 店頭に貴族が立つことを禁じる法律は、ありませんよ」
この声はニコール! いつの間にかジョシュを連れ、ニコールもこの部屋に来ていた!
そして妃教育で学んだこの国の法律について、言及している。
「! そんな法律、知らないですわ! それに資格もない人間が、宮廷料理に口出しなんて、できるわけがないですよね? 厨房は厳密に管理されているはずですわ。毒でも盛られたら困りますよね!」
同じ侯爵家のニコールに対し、ウッドハウス侯爵令嬢は、強気の発言を崩さない。
あくまで彼女の態度が変わるのは、相手の身分だ。
しかし。
「まあまあ、ウッドハウス侯爵令嬢。どうしてあなたのことを、招待してしまったのかしら? とても不快だわ。厨房の手伝いを申し出たのは、デグランよ。それを快諾したのは、わたくしと陛下。そしてこれは王家の私的なパーティー。あなたごとき小娘に、とやかく言われる筋合いは、ないはずでは?」
ニコールとジョシュの後ろには、王妃がいらしゃったのだ……!
「それにね、わたくし、デグランの料理を何年も食べたくて、我慢していたの。それを今回いただけたのよ。この美味しさを、今日ご招待した皆様にも、ぜひ味わっていただきたいと思っていたの。料理の一つ一つが、わたくしにとって、宝石くらいの価値があるのに」
王妃の気持ち、よく分かる。サングリアのフルーツで涙した王妃なのだ。
大理石の床に転がるカナッペを悲しそうに見て、キッとウッドハウス侯爵令嬢を睨む。
「それをあなた、扇子で叩き落としたでしょう。その上、こちらのシルバーストーン伯爵令嬢のドレスまで、汚したのよ。そしてこの騒ぎ。パーティーを台無しにしたわよね? 王家としても、抗議させていただきます。ウッドハウス侯爵令嬢、あなたに侮辱されたと。……お覚悟なさい」
これにはウッドハウス侯爵令嬢が、膝から崩れ落ちる。
「サンフォード副団長。お休みの日に、ごめんなさいね。この心の卑しいご令嬢を捕らえ、ローズ監獄へ幽閉して頂戴。テディ、ウッドハウス侯爵を呼び出して。デグラン、琥珀の間に着替えを用意させるから、シルバーストーン伯爵令嬢を連れて行っていいわよ」
「ありがとうございます、王妃殿下」
デグランが深々と頭を下げ、そして私に声をかける。
「行こう、ナタリーお嬢さん」
頷いた私は王妃に「ありがとうございます」と御礼の言葉を伝える。
王妃はニコリと笑顔だ。
間違いない。王妃は知っているんだ。デグランが話したのだろう。今回のパーティーで、料理を手伝うと決めたのは、私の一言がきっかけだったと。だからこそ、ここまでの厳しい対応を、ウッドハウス侯爵令嬢にとったのでは? デグランへの侮辱。私に対する横暴。きっと王妃は離れた場所でずっと、見ていたのかもしれない。
アレン様を見ると、もう心底嬉しそうにしている。
それはそうね。
散々、ウッドハウス侯爵令嬢に、つきまとわれてきたから……。
デグランにエスコートされ、歩き出す。ドロシーのそばにはバートンがいて、頷いて見送ってくれる。さらにロゼッタとルグスも、駆け付けてくれていた。
部屋を出ると、イエール氏とセーラが、心配そうにこちらを見ている。
大丈夫の合図で頷くと、二人ともホッとした表情になっていた。
元気な令嬢三人組も、カフェに来てくれた生徒達もみんな、心配げにこちらを見ている。
「悪人は、王妃殿下が撃退してくれた。大丈夫」とデグランがニカッと笑うと、皆、安堵の表情に変わる。大勢に見送られ、パーティー会場から出ることになった。






















































