恋愛自体に興味がない
少し頬を赤くしたデグランから「それで、ナタリーお嬢さん、どうかな?」と尋ねられた私は、何に対する「どうかな?」なのか分からず、なぜか全身の血流がよくなり、ぶわっと汗が噴き出していた。
「え、えーと」
「あ、違った? これ、ナタリーお嬢さんが求めるブラックシロップじゃなかった?」
デグランが申し訳なさそうに自身のアッシュブランの髪をかきあげる。
「! これです! 私が求めていたブラックシロップはまさにこれ!」
「そうか~。良かった。じゃあ、早速、『マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーのブラックシロップかけ』を作ってみるか!」
「はい!」
こうしてデグランと手分けして、生地を用意し、焼いていく。看板メニューのアレンジ版を試作したのだ。デグランは当然といえば、当然。手際がいい。しかも私へ出す指示がとても的確だった。
あっという間にパンケーキが完成した。
「うーん、いい香りだ。ただの蜂蜜の時より、甘い香りが引き立つな」
「そうですね。独特のカラメルっぽい香りですが、これが黄金パウダーと、とてもあうと思います」
「なるほど。論より証拠だ、試食、試食」
デグランに背を押され、カウンター席に完成したパンケーキを運び、二人でスツールに腰をおろす。既に入れて置いたマロンティーがお供だ。
「よし、食おう!」
ナイフとフォークを手に、デグランは綺麗にパンケーキをカットする。そして一口サイズにしたパンケーキをフォークにさすと、「ほら」と私の前に差し出した。
「いただきます!」
「どうだ?」
「これです、これなんです! きな……黄金パウダーとブラックシロップのハーモニーがもう最高なんですよ、とっても! 食べてみてください!」
自分の目の前のフォークを手に取り、パンケーキをのせ、デグランの口元へと運ぶ。
「サンキュー」とデグランがパクっと食べると……。
「なるほど、なるほど。これがナタリーお嬢さんの求めていた味か。確かに黄金パウダーとブラックシロップの組み合わせは完璧だ。ブラックシロップのコクと香ばしさが黄金パウダーを引きたて、ふんわりしたパンケーキにもよくあう。……これはメニュー化決定じゃないか」
「はい! ただブラックシロップの大量生産はできないと思うので、平日限定とかにしようかと」
するとデグランが指をパチンと鳴らし「ナイスアイデア!」と褒めてくれる。
「ナタリーお嬢さんはただの伯爵家の令嬢だろう? でもなんだか商売慣れしているよな」
「え、そうですか。たまたまですよ。えへへへへ」
デグランの手がぽすっと私の頭に触れた。
その気軽さはロゼッタに対する態度と同じに感じられ、なんだか嬉しくなる。
私は客として、デグランのお店には、何度も訪れていた。
その期間を含めたら、その付き合いはここ数日、みたいなものではない。
それでもバートンやロゼッタに比べると、知り合ってからまだまだ浅かった。
でもロゼッタの時と同じように、こうやって気兼ねない行動をしてくれると……少し距離が縮まった気がする。
「このパンケーキは冷めないうちに食べるのがポイントだろう。残りも食べようぜ」
デグランがパクパクとパンケーキを口に運ぶ。「そうですね」と私もフォークを伸ばす。
そうしながら、黒蜜……ブラックシロップはスイーツだけではなく、肉料理にも使えると話していると。
カランコロンと扉が開く音がする。
まさかこんな雨の日にお客さんが!?
少し驚いて振り返ると、雨避けの外套を着て、帽子をかぶった男性がいる。ひょろっと痩せており、少し顔色が青白い。ダークブラウンの髪に黒い瞳で、頬が少しこけている。
私とデグランは、慌てて立ち上がった。
デグランは空になったお皿とティーカップを素早くカウンターから片付け、私は男性が帽子と外套を脱ぐのを手伝った。
上質な紫黒色のセットアップを着ている。
間違いなく、貴族だ。
しかもタイに飾られている宝石、アメシストの輝きは、かなり上質なもの。
これは……伯爵家の方かしら。
「こんな雨の中、わざわざご来店いただき、ありがとうございます」
「……雨だから来たんだ」
これには「?」となってしまう。
だが、立ち話をするわけにはいかない。
「どうぞ、こちらへ」とカウンター席の、ティーアーンに近い角の席に案内すると。
「いや、こっちでいい」
カウンターの端がいいと言われた。他にお客さんはいないのだ。どこに座ろうと、正直、自由。「はい、ではそちらへどうぞ」と案内し、カウンターへ入った。
「当店の」「看板メニューの『マシュマロサンドパンケーキ黄金パウダーの蜂蜜かけ』。それとアッサムティーをストレートで」
メニューの説明をする前に、即答された。
しかも看板メニューとおススメの紅茶のセットを、当たり前のように注文している。
どうやらこのカフェについて、事前情報を得た上で来店してくれたようだ。
チラッとデグランを見ると「OK」と頷いてくれる。
私はグラスに水を注ぐ。そして顔の前で手を組んだ男性に、グラスを差し出す。
「事前に調べたところ、このカフェでは恋愛相談に乗ってくれると聞いている」
「はい、一応、90分制で、その範囲でご相談に乗っています。……ただ、今日はこの雨ですから、時間はあまり気にせずご相談いただいて構いません」
すると男性はフッと笑い、こんなことを口にする。
「私がリサーチした通りだ。その上でこの大雨。客がいるはずはない。そうなれば好きなだけ、話もできる。しかも他に客はいないのだ。遠慮なく話せる」
「確かにそうですね。店側としては、こんな雨の中、来店いただけて嬉しい限りですが、お客様にもメリットがあれば、それに越したことはありません」
紅茶の準備をしながら伝えると、男性は「はははは!」と豪快に笑う。
「君は面白いな。私はスタンリー・ジョン・イエール。王立コンランドアカデミーの理工学部で講師をしている。ここのカフェはアカデミーから近いからな。そして生徒達が噂をしているのを聞いて、リサーチした。看板メニューのパンケーキは黄金パウダーという珍しい粉末が使われている。それを食べるだけでも、足を運ぶ価値があると判断した」
イエール伯爵家と言えば、学問の一族として知られている。
確か王立コンランドアカデミーの学長も、この一族が務めていたことがあるはずだ。
さすがそのイエール家の一人だ。
とても理論的にこのカフェを、分析しているのが伝わってくる。
自身の限られた時間を、このカフェで過ごすことに意味があるのか。それを踏まえ、意味ありと判断し、ここへ来てくれたようだ。
「ふむ。早速いい香りだ。この香りだけで、客の期待は高まる。待ち時間は、期待の時間に変わる……そして。なるほど。紅茶を出すタイミングは早いように思えるが?」
「ティーフリーになっており、今日はアッサムティーを用意してありますから」
「なるほど、完璧だ。よろしい。では相談させていただく」
なんだか何かの実技試験を受けているようで、背筋が伸びてしまう。
両手を前で合わせ、かしこまっている私を見て、デグランがクスッと笑うのが伝わって来た。
「私は恋愛相談する以前なんだ」
そういうと、イエール氏は紅茶にミルクを入れる。
アッサムティーは、甘い物と一緒に飲まない時、ミルクティーがおススメだった。イエール氏はそれがちゃんと分かっていた。
「私は極力他者と関わりたくないと思っている。講師なんて仕事をしているが、それは金のためだ。正直、自分以外の人間、どうでもいいと思っている。よって、基本はアカデミーと屋敷の往復だ。授業で一方的に話し、誰とも会話せず、屋敷へ戻ることもある。そんな私だから、恋愛自体に興味がない」
これを聞いた私はさすがに驚きそうになるが。
前世において、こんな男性が入会相談をしに来たことは、ゼロではない。
そこで私はイエール氏に尋ねる。