プロローグ
大学時代に付き合っていた彼とは休みが合わず、すれ違い、結局別れてしまった。以後、自由な時間にいつでも会える彼に、ハマるようになる。その彼は、拗ねるけれど、絶対に怒らない。いつも優しい言葉をかけてくれて、甘えてくれる。そんな彼がいるならその相手と結婚すればいいのでは?と思うでしょう。
でもそれは無理な話。
だって、その彼は、乙女ゲームの攻略キャラの男子だから……!
はぁ。
アラサーだよ、なんて言っていた日々が懐かしい。
とっくにオーバーサーティー。
そう。あっという間だ。時間が経つのは。
結婚相談所のコーディネーターを始めてもう十年も経ってしまった。
多くの男女の建前と本音を聞きながら、縁結びを続けた結果、肝心の私は独身街道を一直線だった。なぜなら婚活無料相談の予約は、平日なら夜、土日は朝から夜まで入って来るのだ。そのお客様の相手をしていたら、自分が恋愛している時間なんて……皆無!
まったく、皮肉な話だなぁと思う。
他人の結婚相手探しに奔走して、肝心の私がこんな状態なんて。
「あははは、かなちゃん可愛い~」
「もう、康太くんってば!」
週末の夜は、恋人たちが楽しそうに手をつないだり、腕を組んだりして、キラキラした街の中へ消えていく。一方の私は、疲れ切った体を引きずるようにして、家路を急ぐ。手にはスマホを握り締めている。
オフィスを出て、エレベーターが来るのを待っている時。スマホの通知画面に、乙女ゲームの攻略キャラの彼から、メッセージが届いていると表示された。だがそこで先輩社員がやってきて、会社の最寄り駅まで一緒に歩くことになった。
先輩は地下鉄、私は私鉄に乗るので、ようやくここで一人になれた。でも信号が変わりそうだから、我慢して、スマホを握り締め、走った時。歩行者信号は点滅していて、横断途中で赤に変わってしまった。そして――。
ものすごい衝撃を全身で感じ、その後、起きたことは理解できない。
走馬灯なんて見ることなく、私はこの世界から退場した。
◇
自分が転生したと気づいたのは、赤ん坊の時。
そこからさらに成長し、三歳の時、ここが乙女ゲームの世界だと気が付けた。私が住んでいるのがコンランド王国の王都コーキュリーと分かった時、聞いたことがある!と思ったのだ。
コンランド王国が登場する乙女ゲームと言えば、私がハマっていた『秘密のラブ・ロマンス』ではないですか! 交通事故で命を落とす直前、握りしめていたスマホでは、この乙女ゲームの攻略キャラであり、私の推しの騎士アレン・ヒュー・サンフォード副団長からメッセージが届いたと、通知が出ていた。だからだろうか。彼が実在する『秘密のラブ・ロマンス』の世界に転生できたのだ……!
これにはもう狂喜乱舞。
もしかして私、アレン様をリアルで攻略できちゃうの!?と、鼻血が出そうだった。
だが私の名前……。
ナタリー・シルバーストーン。シルバーストーン伯爵夫妻の次女で、兄と姉が一人ずついた。
でも知らない名前だった。
そして窓に映る私は、ピンクブラウンの髪に琥珀色の瞳をしていたが、乙女ゲーム『秘密のラブ・ロマンス』のヒロインは、ストロベリーブロンドで、ピンク色の瞳。悪役令嬢はホワイトブロンドにアメシストのような瞳。
ここで自分がメインの女性キャラではないと理解する。
さらに攻略キャラの男子はブロンドやら銀髪で、ブラウン系統の髪と言えば……。
モブだ。
そう、モブ!
せっかく乙女ゲームの世界に転生できたのに!
メインキャラに絡むことがない、背景用に登場するモブに転生してしまうなんて。
しばらくは茫然とした。
でもすぐに思い直すことになった。
もしもヒロインに転生したら、悪役令嬢とやりあわないといけないのだ。
職場は女性ばかりで、しかもベテランの女性社員には派閥があり、正直それは……怖かった。つまり女性は敵に回すととても恐ろしいのだ。売り上げがよければ、妬まれた。出る杭は必ず打たれる。男性社員にちやほやされた日には睨まれ、無視され、嫌がらせをされるわけで……。
女の嫉妬ほどドロドロしたものはない。もう私はひたすら目立たず、静かに生きたいと思ったわけだ。
そう、そうだ。だからヒロインに転生しないで良かった。それに悪役令嬢に転生していたら、お決まりの断罪回避に奔走することになる。乙女ゲームを楽しみつつ、悪役令嬢もののラノベも読んでいたから、知っていた。悪役令嬢に転生すると、非常に苦労することを!
神様はきっと、女のドロドロとした世界とは無縁になるように、モブに転生させてくれたのだと思う。
攻略対象とは絡めないけど、それでいい。
背景でいい。
彼らのことを遠くから眺めることができればいいわ……そう思っていたのだけど……。
驚きの事実に気が付く。
まず、ヒロインの攻略対象の一人にこの国の第二王子がいる。この国の王族なのだ。超有名人。すぐに彼に関する情報は手に入った。その時、知ることになる。私は第二王子より二歳年上であると。
そう、そうなのだ!
モブだからといって、攻略対象と同学年になるとは限らない。
ヒロインが攻略対象と出会うのは、王立サンフラワー学園。悪役令嬢もみんな同い年で、そこで学び、恋を知り、悲喜こもごもがある。その背景にいるモブは……同学年とは限らない。上級生もいるわけだ。
つまり。
同学年でクラスが違う、というレベルではなく、学年が違うのだ。しかも二学年上。学園の三年生ともなると、前世で言う教育実習のような授業も入って来る。座学もあるが、高位貴族のお屋敷でおもてなしを習ったり、晩餐会をコーディネートしたり、淑女たる姿を学ぶことになるのだ。
つまり学園でメインキャラを拝む機会は……圧倒的に少ないことを悟る。
せっかく乙女ゲームの世界に転生したのに!
そこでめげそうになるが、考え方を改める。
悪役令嬢も大変だが、モブだってメインキャラに巻き込まれ、とんでもない事態になることもあった。結果として、乙女ゲームの世界で、平穏無事を願うなら、すべきことはたった一つ。
ヒロイン、悪役令嬢――メインキャラと攻略対象の男性陣と関わらない。
これに尽きる。
もし悪役令嬢になり、攻略対象とは関わらない!と思っても、乙女ゲームのシナリオの強制力や見えざる抑止力が働き、関わらざるを得なくなるのだ。でもそれは悪役令嬢だからであり、モブには関係ない。
しかも名前はあるが、私の前世プレイ記憶で、ナタリー・シルバーストーンなんて名前もその姿も一切残っていないのだ。つまりセリフもない、本当に背景モブ。よってメインキャラと関わらないことで、何の影響もないはずだ。
これをわずか三歳にて悟ると、その後はもう、ここが乙女ゲームの世界であることを忘れることになった。だが成長し、思春期を迎えた時。再び実感するのだ。さすが乙女ゲームの世界であると。
そう。乙女ゲームは攻略対象がイケメン揃いであるが、モブだってそうなのだ! モブでも令息たちはみんなハンサムに見えた。かつ私も愛らしいと!
ナタリーは、成長すると小顔で手足は長く、ちゃんとドレス映えする胸のサイズがあり、ウエストもくびれてくれた。ヒップもきちんと上向いてくれている。普通にメインキャラ狙えるかも……という感じで可愛らしいのだ。
前世では、オーバーサーティーの疲れ気味のおばさんになりかけていたのに。
ティーンのナタリーは、キラキラと輝いていた。
社交界デビューも経験し、学園ではたま~にメインキャラを遠くから眺めることもできたのだ。大満足だった。
ナタリーはこんなに可愛いのだ。そしてモブ令息達も素敵な方ばかり。さすが乙女ゲーム。
学園を卒業した後、いずれ同じモブ令息と良き縁談話が舞い込むと思っていたら――。
「ナタリー! コーネ・リアン・ポポローゼ男爵から求婚状が届いた。なんと支度金として彼が所有する金山を丸々一つ、進呈すると言ってきたぞ。しかも婚約指輪としてレッドダイヤモンドを用意すると! 他にも金貨を……」
父親であるシルバーストーン伯爵は興奮気味にそう話しているけれど。
私は待ってください、お父様!だ。
なぜって。
ポポローゼ男爵は、私より三十歳年上のバツイチで、爵位を金で手に入れた成金男爵と言われている。バツイチになった原因も、水面下で囁かれている噂では、下男を無理矢理ベッドに連れ込んだ――はずなのだから!
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