第9話 恋の成就と失恋
〈結城唯音〉
昼休みの終わりに、私がニヤニヤとしながらスマホを見ていると、急に後ろからスマホを取られた。先生かと思って、焦りながら振り向くと、光里ちゃんだった。
ふぅ〜……あぶないあぶない。先生達を回って印鑑貰わなきゃいけなくなるところだった。
せっかく連絡先交換したのに……。
「びっくりさせないでよ!」
「ごめんごめん。そんな気持ち悪い顔で笑ってたら気になんじゃん」
安堵の息を吐きながら私は光里ちゃんに苦情を言う。光里ちゃんは大して悪びれもせずに謝った。本当に軽い謝罪だ。
私がどんだけ焦ったことか。
「で、ふ〜ん。出来たのか……良かった良かった」
「急にスマホを取られたら先生が来たかと思ったじゃん!」
「いやいや、昼休みは来ないって」
私の非難にも、軽く流した。
「私もそれなりに心配してたんだよ? 付き合えたかと思えば、連絡先の交換を忘れたとか言って、どれだけ溜息を吐いたことか……」
「それに関しては、すみませんでした。本当に舞い上がってたから……」
光里ちゃんはよよよとで言いそうな仕草で目元を押さえた。なんか……すみません。私のせいで中々心配をかけたようです。
「ま、良いんじゃないの? 唯音らしいし」
「それは私どう捉えれば良いの?!」
「褒め言葉として?」
「褒めるなら語尾を上げないで! 疑問形にしないで!」
「まぁ別に良いじゃん。嬉しいことなんでしょ?」
「そうだけど……」
少し誤魔化された感じが凄い……。光里ちゃんに遊ばれている……。あれ? でも結構長く一緒にいるけど、光里ちゃんの恋愛話を聞いたこと無いな。
「そういえば、光里ちゃんは彼氏とか作らないの?」
「…………私は良いかな。面倒くさそうだし」
「光里ちゃんはそんな感じだよね〜」
まぁ納得。
光里ちゃんはこう見えて、いやそのままか。自分の時間をしっかり持ちたいタイプで、あんまり休みの日とか遊びたがらない。
私もインドア派だから結構助かってるけど。
「ま、アンタは存分に彼氏とのラブラブイチャイチャを楽しみな」
「立花くんと…………っ!」
「ウブウブだねー」
本当に、からかわれてるな……。顔真っ赤な自覚はあるけども。私がどんなことを言ったら恥ずかしがるかとか、そういうのを全部分かった上でやってるくるから余計に質が悪い。
想像したら、そんなの……恥ずかしいに決まってるじゃん! ……ちょっとうれしい気持ちもなくもないけど。
いつの間にか光里ちゃんは自分の席に戻って、ぼーっとしていた。
はて……急にどうしたんでしょ?
〈古城奈那子〉
「ふえ〜〜〜〜〜ん!!!」
「はいはい。よしよ〜し」
部活が始まる前の体育館にて、号泣する私。それを私の頭を撫でながら慰めてくれる、私の友達の星崎歩夢。
既に他の皆はネットを立てたりしているが、私たちは許された。失恋した時ぐらい、許してくれる女子の部活なのだ!
「ほらね、だから言ったじゃん。早めに行っときなさいって」
「近衛と一緒のこと言うじゃん!」
歩夢は呆れ顔で私にそう言うけど、そんな事出来てたら私も困ってない!
「アンタはさー、顔は可愛いんだから普通にいけば付き合えただろうに」
「匠真が顔でなびくって言いたいのか! 貴様は!」
「そりゃそうは言ってないけどさ……」
歩夢……ごめんなさい。今は情緒不安定です。当たったり、泣いたり、怒ったり。
私の顔を両手で挟んでそう言ってくれるものの、私の心はその程度じゃ休まらないんだ。
「お〜、準備は終わってんな。練習始めんぞー!」
顧問の先生がそう叫ぶのが聞こえた。
一回怒らすとめんどくさいんだよなー、あの人。
「歩夢……先行ってて」
「はいはい。誤魔化しとくよ」
「ごめ〜ん」
優しさが沁みる……!
歩夢のことだから、体調不良で後から来るって言ってくれるんだろうな。バレない場所に行かなきゃ。
ということで、体育館裏に移動し、裏口の階段でしゃがみ込む。
ふぅ〜。
結構しっかり好きだったから、ダメージが大きいな……。心臓がヒュンってなった。視界が暗くなって、急に足場が崩れたような気がした。急転直下ってこのこと?!
まさか本当に彼女ができるとは……。
あぁ……本当に私はバカだったな。
自分が有利な位置にいるとわかってて怠けてたし、立場に甘えてた。
少し距離を置かないとな。彼女さんが困っちゃうから。あれ? 彼女は誰なんだろう……?
「どうしたの、そこで」
考えたら急に頭上から声が……?
顔を上げれば、そこにはキレイなお姉さん風な人がいた。えっと……確かおんなじクラスの梓光里さん、だったかな?
「ううん! なんでもないの!」
とっさに笑顔で手を振る。あんまり知らない人に弱い所は見せれない。
「ふうん。じゃ、私は愚痴言いたいから、ここ座って良い?」
「ど、どうぞ……」
すごいな。この人の距離の詰め方。でも、事情を聞いてこない辺り、実は優しそうだな……私の顔凄いことなってるだろうから、泣いてたことは隠そうとしても隠せないだろうし。
「私の親友さ、彼氏が出来たんだと。それ自体は良いのよ。別に私も応援してたし、むしろ協力してたから。だけどさ、連絡先聞き忘れるとかある? 無いよね?」
「は、はぁ〜……まぁそうですね」
「でしょ?」
うん、分かった。この人良い人だ。ドライな雰囲気出してるけど、なんだかんだ見捨てれないタイプの人だ。
「そしたら、今度は私に彼氏を作らないのかと聞いてきたのよ」
「うわ……そりゃまたお節介な」
涼しい顔して語り続ける梓さん。その光景を想像したら、私多分キレるわ。
「いや、そういう訳じゃないのよあの子は。あの子の場合、好きな人と付き合えてハッピーな状態だから、私にも幸せになって欲しいみたいな意味合いが強いんだよ」
「じゃあイイ子なんだ」
「そう、無駄にね」
私の言葉には、笑顔で返した。この微笑み……破壊力!
「とは言え、私は男の子に恋したことはないからな〜」
「へ〜、初恋はまだってことなんですね」
「……うん。そうとも言うかな」
なんか可愛い人なのかな、とか思った。こんなキレイな人が恋したことはないなんて、彼氏さんは物凄く喜ぶだろうな。
彼氏…………。
まだ泣くな! 人の前だ!
いくら念じても、結局滲み出す視界。
どうせなら、と思って梓さんに愚痴を言ってみようと思う。
「……私、失恋しちゃったんです」
「そうなの」
茶化す感じで言うと、微笑みをなくした。だけど、かわいそうと思っていないことは伝わった。
逆にちょっとうれしい。
「……こんなに可愛い子を選ばない人がいるんだ」
「……そんなに可愛くないですよ。選ばれなかった理由は、私が怠けてアタックしなかったことですし……」
「いや、あなたは可愛いよ」
私の否定に、直球で返してきた。しかも真顔で。
にわかに熱を帯びてくる私の顔。
「さて、そろそろ私は帰ろっかな。部活頑張ってね、古城さん」
「あ、はい。さようなら、梓さん」
急に立ち上がって、梓さんはそう言った。私も別れの挨拶を口にする。
歩き出した梓さんは、少し行った所で振り返って、私の所まで戻ってきた。
「…………連絡先、交換しない?」
少し恥ずかしそうな顔でそう言う梓さんは、少し可愛かった。
「良いですよ」
私は笑ってスマホを取り出した。
皆さんは気付いただろうか……。タグが増えていることに。