第6話 隠す
〈近衛翔〉
何やら意気込んでいる親友を見つめながら、俺は小さく溜息を吐いた。呆れというのが半分だ。やりかねんと思っていたら、ほんとにやりやがった。連絡先なんて、声かけて一番最初にやるべきことだろ。
まぁ、こいつの性格からすげー嬉しかったんだろうな。
と、冷静に分析してるけど、俺にはやることがある……。
「お、どしたの? 匠真なんかめっちゃやる気じゃん」
遅かった……。
教室のドアを開けるなり、匠真を視認して、一直線にこちらに向かってきたのは、ショートカットの女子だ。
見た目通り、無駄に元気の良い奴だ。名前は、古城奈那子。生粋のバレー女子である。
本日も朝練があったようで、ちょっと顔が赤い。
「まるで彼女が出来たみたい……あっ、匠真に出来るわけないか。ごめんね〜」
いつも通り匠真を煽るように謝った。自分から死にに行ったよ、こいつ。
「残念だったな〜! 出来ちゃったんだな、これが!」
そして、そんなのにも気付かずに、ドヤ顔をかましているのは俺の親友だった……情けない!
「え、マジで?」
「おう!」
古城がショックを受けたように、こちらを見る。匠真はまだ余韻が抜け切ってねえな、これ。めちゃめちゃ嬉しそうだ。
「一応、な」
俺は軽く頷いた。そんな俺を見て、古城は一瞬だけ顔をクシャッと歪ませて、またいつもの笑顔に戻った。
「へ〜! 良かったじゃん! 初彼女!」
「まぁ、そうだな!」
古城は空元気みたいな感じで匠真を祝福する。ついでに拍手も。匠真はそれを素直に受け取っていた。
はぁ……俺の周りは……!
「あ、私先生に呼ばれてた! ちょっと行ってくるね!」
「お前何やらかしたんだよ?!」
「さぁ、知らな〜い!」
おぉ! アイツすげえ。隠し切った。匠真はほんとに鈍感も過ぎれば罪だぞ。
「ちょっくらトイレ」
「行ってこい!」
「そんな元気いらねえよ」
トイレに行く奴にそんなに元気よく送り出す奴がいるか! 理由をつけて、俺は教室を出た。
この近くで、誰も通らない場所と言えば……階段裏の校舎裏に繋がる所か。
予想通り、いた。しゃがみこんで、時々肩が上下している。
「だから言っただろ? 早くアタックしろって」
「協力してくれるって言ったじゃん」
「俺はそんなに良い奴じゃねえよ」
俺は話しかけながら、古城の横に座った。
まぁ、お察しかもしれないが、こいつは匠真のことが好きだった。そして、俺に協力をするように持ちかけてきた。
やり方としては、まぁ普通だな。
普通に友達だったんだから、さっさとアイツが結城さんを好きになる前に告っとけば、こんなにはならなかったんだよな。
とは流石に俺も言わない。そんなに心が無い奴ではない。
「でもさ、もうちょっと何かしてくれてもいいじゃん?」
「イベント事も何もないのにか」
「そうだけど」
泣き顔を隠しもせずに、俺に文句を言う。まぁ出来なくもなかっただろうな。でも、効率良くくっつけやすいのは、やっぱりイベントだ。
体育祭は5月末。
文化祭は12月上旬。
クラスマッチは1月末。
ろくに何も無いのに、俺は適当には出来ない。
「俺だってそうしたかったところだ。だけど流石に、俺は親友と親友を好きな奴を比べれば、親友を取る」
俺は古城の顔を見ずに、ただ前を向いてそう言った。やっぱり顔は見られたくないだろ、今は。
「ほら、そこだよ。アンタのそういうところ! 憎み切れないじゃない!」
「別に憎んでくれても良いけどな。俺のことは嫌いになっても良い。女子から嫌われ慣れてるからな」
「やっぱ最低」
「そりゃどうも」
少しは口をきけるようになったらしい。俺に悪態をつけるようにはなった。
「お前はどうするんだ?」
「う〜ん……中学からの思いはやっぱり捨て切れないな……」
弱気な笑みを古城は見せた。こんなのは初めてだな。それなりにこいつは片思いが長かったからな……。
「そうか」
「ねえ、片思い続けても良いと思う?」
古城は一度泣き止んで目を真っ赤にしながら、俺に問い掛けた。その目は涙目だ。
「知らん」
「でも、私、彼女の相談とかされたら泣く」
「隠せるのか?」
珍しく物凄く弱気な古城がふと洩らした言葉に、俺は問い掛けた。
古城はこちらを一度見て、立ち上がり、前を向いた。
「隠すよ。かっさらえる時が来るまで」
その目は非常に真っ直ぐだった。ちょっと俺には眩しいかもしれないな。まともに人を好きになったことのない俺には。
「なら、隠せよ。俺は基本的には親友の味方だ」
「アンタはそういう奴だよ」
「女なんざ、恐ろしい生き物だからな」
「あ、アンタケンカ売ったな! やるか?!」
「俺が負けるからやらん」
「私がゴリラとでも言いたいのか?!」
「あれ? 違った?」
「違うわ!」
そんな風に軽口を叩きながら、教室に俺達は戻って行った。
丸く収まった。元気が1番な奴もいるんだよ、世の中には。