【短編】全ては親の七光り、他人の金で飯がうまい
シャーロット・フォーマはクズである。まごうことなき、その辺のクズを集めて凝縮し煮詰め更に100倍くらいに濃縮したいっそすがすがしいほどのクズであった。
シャーロットは転生者である。前世は親のすねを骨までしゃぶりつくす勢いでかじっていた。親はシャーロットのことを諦めていた。もちろんシャーロットは死んでも働きたくなかったので、親が死んだら保険金で暮らせるだけ暮らし、最終的には税金でタダ飯を食らおうという算段であった。
「金がないなら他人に寄生して生きればいいじゃない」
無論のこと、こんなクズを転生者に選んだ世界のシステムだかはたまたインテリジェント・デザイン説に基づく神的なサムシングだかの判断が人道的に間違っているのは言うまでもない。シャーロットはコンビニへスイーツを買いに久々の外出をしたところ、残念でもなんでもないがトラックと熱いキスをかました。そして死んだ。
で、生まれ変わって今に至る、というわけである。
先述した通り、シャーロット・フォーマは筋金入りのクズである。なので、親ガチャ(家)でSSRを引いても、別にその性質が変わるわけがなかった。
「あーめんどくさいですわ。やる気が失せやがりましたわ」
「お嬢様!お待ちください!」
「いやですわ。何言ってんだテメェ、時間は遊ぶためにあるんだろうがよォ」
日々詰め込まれる教育から逃げ出し、シャーロットにゲロ甘な両親には適当なこと言ってごまかし、家庭教師の目をくぐり抜けてくっだらない小説を読み漁る日々。また、茂みの影やふかふかなベッドで惰眠をむさぼることもしばしばあった。
シャーロットは愛想だけは良い八方美人であったため、これでも結構周りから愛されていることが皮肉なポイントだ。
「お父様だーいすき!」
「ははは、シャーロットは私のことが本当に好きだなあ」
「ええ、そうよ!お母様も!」
「シャーロットは本当に可愛いわね」
その言は嘘ではない。なぜならシャーロットの両親は二人とも美男美女。いくら性格が底辺を這い、魂が極限まで穢れているからといって、シャーロットの顔面まで穢れているわけがなかった。
シャーロットの顔面偏差値は端的に言ってハイパーにインフレしていた。
要するに、「わかりやすいクズ」の典型例ではなく、「分かりづらい見てくれの良いクズ」の典型例に相成ってしまったわけである。これまたややこしいことに。
ところで、シャーロットももう18歳。そろそろいい歳こいて実家にお世話になっている嫁ぎ遅れになりそうだった。おうちは公爵家なので当然シャーロット一人を死ぬまで養う金くらいはあるはずだが、何かしがの天変地異とかが起こって財産が紙屑同然になったり、シャーロットが誤って寿命前に金を食いつぶしてしまったりすることがないとは言い切れない。
あと単純に外聞が悪かった。さっさと結婚しないと一人前の大人として認められない。
そもそもシャーロットは人間未満のクズの神髄を体現しているのだが、それは置いておいて。
シャーロットは考えた。シャーロットは馬鹿ではなかった。クズではあるが、バカではなかった。
なので、婚約者を探すときに、ある程度以上は値踏みしたことがいいことを知っていた。
しかしシャーロットはロクな教養もなく、どこか他の家の令嬢に比べて秀でたものがあるかどうかといえば「否」と自分自身ではっきり口にできるレベルのぺーぺーだった。能力で差をつけろ、は無茶難題。真の優良物件はシャーロットなんぞに目もくれず別の令嬢を探すはずである。
ではどうすればいいのか。シャーロットはできれば今の贅沢三昧を続けたいので、カネのある公爵家に嫁入りしたい。
すると売れ残りの中から比較的マシそうな人間を選ぶことになる。
シャーロットは社交界にもぐりこみ、恥も外聞も端から存在しないため、自分で無理矢理情報を聞き出した。他人に任せると何が起こるか分からなかったので、流石にここだけは自分が動いた。
仲良しグループに突然割り込んで「優良物件ってどこか知ってる?」と尋ねてきた公爵令嬢に、周りの人間はびっくらこいてビビり散らかしたが、公爵令嬢である。正しい情報を答えなければ何されるか分かんねえ。虚偽でも教えてやったら、ワンチャンこの世界で社会的に殺される可能性すら秘めている。
周りの令嬢は災害にでも出くわしたものだと思って、シャーロットに正しい情報を教えた。
というのを、何度か繰り返した。
親の威光と家柄だけで幅を利かせられるSSR特典は最高だった。正しい情報はいくつかの情報源から摂取したものをすり合わせて得るのだとシャーロットは知っていた。そして、それらの情報が確からしいことは裏付けられた。
シャーロットの候補はおおよそ三つ程度に絞られた。
一つ、テンプル公爵家・高収入・性格最悪。
二つ、ポーラ公爵家・中収入・コミュ障気弱。
三つ、カラン侯爵家・超高収入・人格破綻。
シャーロットの言う「金と家柄が欲しい」を満たし、なおかつそれでも売れ残っている人間には特徴があった。
そう、必ず人間性がちょっとどころじゃなくおかしい、ということだ。
金も人柄も身分も良いボンボンはとっくのとうに売り切れ、残ったのはこういったどこか一つのステータスがとんでもない悪条件の男である。
繰り返すが、シャーロットはまごうことなきクズでも、バカではなかった。妥協の一つくらい知っている。
「まず、テンプル公爵家の主人は自分より年上。で、なおかつ禿げ・デブ・清潔感のなさが三位一体になってるってわけで、この年まで婚期をのがすような条件必須。でも第一夫人も第二夫人も妾みたいな感じでいるし、私と同じようにカネと家柄が大好きな人間が既にその座に収まってるわけね。
ポーラ公爵家の子息は絵にかいたようなコミュ障で、まともな意思疎通がかなりはかりづらいらしい。両親が結婚相手を欲しがってるから、押せばイケるけど、カネは中の上。ただ結婚後は資産運用とか手綱握りやすそうだし、適当におだてればいけそうかどうかがポイント。
カラン侯爵家は――なんかとにかく悪評しか聞かないけどカネだけはある。公爵家の平均資産にも引けを取らないくらい事業で成功して金持ちになった。個人的にはこれかな……」
シャーロットは結婚相手のカネと家柄しか見ていないので、性格が破綻していても人格が狂っていても、無差別殺人を突然行うとかそんな愚行をしでかす人間でなければどうでもよかった。そういう場合もいざとなればありったけの貴金属を持ち出して、小分けにして売りつつ、どこかで男にぶら下がって生活することを考えれば良いのだ。
そして、盗賊に身ぐるみはがされそうになったら盗賊の親玉の妾になってやる、くらいの心意気はある。なにせ資本価値が自分の顔面と肉体そのものにも存在しているのだ。
シャーロットは婚約者を探すパーティーにこの面々が参加することを確認し、それを前提に話を進めてきた。まあ参加しなくてもシャーロットは公爵令嬢かつ若い女なので、「会いたい」といえば勝手に向こうが鼻息荒くしてOK出してくれるだろうと高をくくっていた。
それは実際その通りだった。
ただし一つ誤算があった。
テンプル公爵は保険程度にツバをつけておくだけでよかったのに対し、ポーラ公爵の子息は婚約者が決まってしまったのだ。
あの収入で妾と競合するのは好ましくない。
こうなればもう一番最後の侯爵に賭けるほかないだろう。
「それで、私は言ってやったんだよ。『そちらこそどうなのでしょうか?』ってな」
「え~すごいですわね!」
やった。あたりだった。しかも大当たりだ。
カラン侯爵家の一人息子は、息を吸うように自慢話をする。それから、その口から滑り出てくるのは大抵倦厭したくなるほどの批判・誹謗中傷・または自慢話、であった。
実際のスペックはそれなりにあるのだろうけれども、それ以上に性格が破綻しているため、スペックそのものに泥を塗りたくることと殆ど同義の行為をしていた。
「君みたいに真摯に話を聞いてくれた女性は初めてだよ」
「そうなのでしょうか?」
「ああ。まったく、他の女どもときたら、私に話しかけようとすらしない……」
シャーロットは確信した。コイツ、適当におだてれば気を良くしてくれる分かりやすいタイプだ、と。
かくしてシャーロットは無事第一夫人の座をゲットし、夫の資産で豪遊三昧の人生を送った。
誰に罰されるわけもなく、生粋のクズは自由気ままに生きた。
夫が死に、シャーロットが子供たちと共に遺された際はこれらの出来事を「カラン夫人の邪道人生」という自叙伝として執筆した。すると、その自叙伝は社会現象を巻き起こすほどの大批判を食らい、本は売れに売れた。印税だけで子供はゆうに暮らしていける金を稼いだのである。
一連の出来事で侯爵家の名誉は地に落ちたが、そもそも地に落ちるほどの名誉があったかどうかは甚だ疑問である。