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兵舎とお屋敷はすぐ近くにあり、お屋敷の雑用の手伝いもした。
お屋敷で働く人たちとはすぐに仲良くなった。執事のマットさん、侍女頭のアルトさんは笑っているのに目が笑っていなくてちょっと怖い。それに厳しい。けれど教えてもらえることはとても勉強になった。
庭師のガンじいさんは様々な花の名前を教えてくれるが残念なことに全く覚えられない。
マリアーノ様の弟のケント様とも年が近くてよく話すようになった。
身分が違いすぎて一緒に遊ぶなど許されるはずはないのだが、領主様から「一緒に訓練すれば」なんて言われてしまったもんだからやらないわけにはいかない。
まっ、一人より一緒にやる方が楽しいに決まってる。ケント様と仲良くなるのに長い時間は要らなかった。
「エドは将来は騎士になるんだろ?」
「うん、騎士になってマリアーノ様を近くでお守りするんだ。」
「将来的に領主は俺なんだけどな。」
「………」
あまりにも当たり前な事実を忘れていた。マリアーノ様が結婚することになったらこの領地を出ていく可能性が高い…
ショックのあまり動けなくなった俺を見てケント様はクックックッと笑った。
「俺もマリアーノ様の嫁入りについて行きたい。そんでマリアーノ様の専属騎士になる。」
涙目になりながら言った俺の背中をポンポンと叩いて
「まぁ、頑張れよ。」
と励ましてくれた。
騎士団のみんなもいい人が多い。陽気な熱血集団というのが俺の率直な感想だ。
上の人たちは頭がきれる人もいるけれど、ほとんどは脳筋。俺のことを気にかけて余計な詮索をしてくることもない。
聞かれて困ることなんて何もないけどね。孤児で親がいない気の毒なやつだと思われているのかもしれない。
「ここには孤児だった奴だって何人もいる。そんなことは誰も気にしない。団長になりたいってなら別だけどここは実力が一番だからな。」
先輩のトマスさんだ。今は木刀での素振りをみてくれている。
「俺を救ってくれたマリアーノ様のために強くなりたいんです。」
というとガッハッハッと笑った。
「お嬢様はいつも無表情だけれど、本当は心の優しいお方だ。エドはそれをすぐに見抜いたんだな。」
「命の恩人ですからね。天使だと思いました。」
思わず頬が緩むのが自分でもわかった。
「ここに来てもう何年だっけ?」」
見習い騎士として体づくりから始めて、今では武器を使った訓練もさせてもらえるようになった。
「あの伝染病があった年なので3年ちょっとですね。」
答えながらもうそんなに経つのかと驚いた。
毎日忙しく、充実した日々を過ごしているうちにあっという間に季節が巡っていたのだ。
「もうそんなに経つのか。」
「でも正式に騎士団に入団できるまでにあと5年もある。」
この国では15歳の成人を迎えないと正式に入団することは出来ない。
「もっともっと強くって、マリアーノ様をお守りするんだ。」
俺は自称マリアーノ様の親衛隊長だ!
「はいはーい、じゃあ強くなるために10周走ってこようか。」
トマスさんはニコリと笑って告げた。
団員の先輩たちは優しくも厳しいのだ。
10周走り切りヘトヘトになって兵舎に戻るとトマスさんが笑顔で出迎えてくれた。
「昼飯食べたらお屋敷に行ってくれ。何か話があるみたいだぞ。」
午前中は訓練をして午後は騎士団やお屋敷の雑用をすることが多い。
でもこれまで話があるから呼ばれるなんてなかった。うーん、なんの話だろう。
急いで昼飯を食べようとしたらロニーさんが寄ってきた。
「お屋敷に行くのか?サラちゃんにこれ渡してくれよ。」
顔を赤らめて手紙を渡してきた。
「自分で渡せよ、こういうのはさ。」
「自分で渡せるなら頼まなくても渡してるよ!できないから頼んでるんだろ!」
声を潜めてはいるが、近くの人たちはこちらを面白そうに見ているから気が付いているのだろう。
ロニーさんは言いたいことだけ言って俺に手紙を押し付けると、抗議の声も聞かずに逃げて行った。
「ロニーは惚れっぽい割に、自分からは声をかけられないんだ。情けない奴なんだよ。」
「騎馬の腕前ならピカイチなんだけどな。」
周囲のみんなは女性に声を掛けられないことは馬鹿にしていても騎士としてのロニーさんを悪く言う人はいない。
手紙を見ながら、渡さなくてもばれないだろうから気にしないことにした。
食事の片づけを手伝い、お屋敷に出かける。
門をくぐるとガンじいさんが植木の剪定をしていた。
いかつい顔をしているが、実際にはお花が大好きな可愛らしいじいさんなのだ。
本人に言うと「お前よくわかってるじゃないか」とニヤリとするのだが、それならもっと他の人にも愛想よくすればいいのにと思う。
ガンじいさんに声を掛けて使用人用の入口から中に入った。
ミーナさんが俺に気が付いて声を掛けてくれたので、マットさんに取り次いでもらった。
マットさんは領主様の執務室に案内してくれた。
中には領主のモリー様とケント様がいた。
「わざわざ来てもらって悪いね。」
「いえ、いつもお世話になっているので何かありましたらいつでも声を掛けてください。」
領主様はいつも優しい。しかし領主として厳しい面を併せ持っていて頼りになると領民からの人気は高い。
「騎士団の訓練はどうだい?」
「毎日充実しています。孤児の俺をこんな良くしていただいて感謝してもしきれません。」
「領民は家族のようなものだ。困っていれば助けるのは当たり前のことだろう。」
モリー様はウインクする。
黒い髭をたくわえたダンディーな領主様だけれど、ウインクは下手で両目が閉じてしまっている。ついでに少し口も開いている。
俺は笑わないように堪えたのに、ケント様は声をあげて笑う。
「ちっ、ちちっ、、父上のウインクはダメですよ。笑わせないでください。ハハハッ」
涙をぬぐいながら声を上げる。
「そんなことはないぞ。これでも練習しているのだから少しはうまくなっただろう。」
…練習してあれなんだ。どういう表情をしていいものかわからない。というか見れない。
「フフッ、エドが、、反応に困っていますよ。フフッ、ところでどういったお話なんですか。」
まだ笑いながら、ケント様がわかりやすく本題を振ってくれて助かった。
「あぁ、エドはそろそろ10歳になるんだよな?」
そう、このキャリーの街に来て数年、俺はもうすぐ10歳だ。
実際には誕生日はわからないので、マザーが俺を拾った日が誕生日として毎年祝ってもらっていた。
因みに、マリアーノ様は13歳、ケント様は9歳になられた。
「近々ケントが教会に魔力の測定に行くんだ。エド、君も護衛がてらと言ってはなんだが、一緒に行ってきなさい。これまでに魔力測定をしたことはあるかい?」
あぁ、この世界には魔力測定なんてものがあるのか。
「ありません。」
「だろうな。普通の騎士たちも強いが魔法が使える者は更に強くなる。エドも魔法が使えるくらいの魔力があると素晴らしい戦力になると思ってね。」
貴族は5歳で初めて教会に行って魔力の測定を行う。そこから魔力が多いと毎年調整をしてもらうために教会に行くらしい。
平民は10歳くらいで1回魔力の有無を確認するくらいなのだ。教会から遠い村などはいかないことも多い。
貴族は魔力を持つことが多い。しかし平民はそもそも魔力を持つ人が少ないのだ。
稀に平民でも大きな魔力を持っていることがあるそうだ。
「ケントは膨大な魔力の持ち主なんだよ。本当は魔術師団に入ってもいいくらいなんだけど、本人はあまり興味がないみたいなんだ。それよりも辺境伯としてこの地を治めたいというから。」
モリー様はなんとも嬉しそう言った。
「てことで、エドも一緒に行って測定してくるといい。」
「教会まで片道2日はかかるから暇なんだよね。今回はエドが付いてきてくれるなんてラッキー」
右手を握ってヨシっと言ってる。
「わかりました。ケント様よろしくお願いいたします。」
俺が頭を下げると、二人ともニコリとした。そのあとは少し雑談をして、執務室を出た。