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華佗らぬ

皇上こうじょうそれは、なりません。医聖である華佗を処刑したとあっては、人心が離れます」


おおいいぞ。もっと言ってくれ荀彧殿。


「いや華佗を呼び、その理由を市井しせいの者が何を思うか。

余の城から出ていなければ専属の医師となったと思うであろう。

しかし、市井に出て余の余命を口に出されてもみよ。

また華佗が何も言わずとも手に余る病気を身に宿していると誰かが気付くだろう。はまた荒れるぞ」


 曹操が怒鳴る。

そうか。曹操は単純な怒りからの処刑ではなかったんだな。


 でも、膝を砕かれるのは嫌だなぁ。歩けなくしてトイレとかどうするんよ。


「華佗よ。お前の命と余の命、どちらが長いかな。余より長く生きれば、余の死後に開放してやろう」


「焼けた銅で喉を潰しても構いません。文字が書けぬように手指を潰しても構いません。どうぞ、命はお救い下さい。外に出してください」


 俺はラスプーチン並みの生命力に賭けるが、曹操は俺の処刑を命じて部屋を出て行った。



 どう言えば、何を言えば良かったのだろう。

俺ではダメだったのだろうか。華佗にはなれなかったのだろうか。

 

 1回12時間に及ぶオペもある。名の通った名医ではないが、それなりに腕はあるつもりだった。

そうだ。俺の評判を聞いて遠方からくる患者もいた。


 俺ではダメだったのか。華佗ではなかったのか。

ならば、本当の華佗なら何を言ったのだろう。それとも医聖は曹操の手術が出来たのだろうか。

別の華佗ならば、別の脳外科医ならば!


 刑の執行が処されようとしている。

ああ。今日はいい天気だったのか。

 後ろ手に縛られ足を前に出した状態で座らされて足首が杭に固定された。

「誰か」と探した。話の分かりそうな人。荀彧様とか。曹操は来ていないのか。

いるのは役人風の男の背後にハンマーを持った男。この男にやられるのか。

ハンマーは木製で打撃部分は平面だ。しかし重さは5キロはあるかな。それが上から速度が加わり打ち下ろされたなら。


 ああ、やめてくれ。やめてくれ。


 役人の男がうなずいた。

小汚い男が前にでる。せめてハンマーを殺菌させてくれ。破傷風はこの時代では死亡率が高い。


 ハンマーを振り下ろされる。バキンとグシャッが混ざった嫌な音が耳からも体中からも響いた。


 激しい衝撃で体がのけぞる。痛みで吐き気が起こる。

息をしよう。頭をクリアに。さあ、足の状態を見るんだ。

膝が痛み動かすことができない。健は神経は切れたのか。息が浅くなる。体が震える。痛い。痛い。

腕の縄を解かれ、引きずられながら牢屋に放り込まれた。

足を揺らさないでくれ。ズレたら困る。何も言えなかったけれど。


牢屋で仰向けになっている。

膝蓋骨骨折粉砕または星状骨折だろう。

真上からの殴打だったので、骨のずれはないようだ。

神経や靭帯に損傷がありませんように。

痛みで脂汗がダラダラと流れる。


 その夜は、痛みで熱が出た。

骨折だもんな。激しい痛みに苦しむが、1ミリも体を動かせないので何も出来ず気を失うように眠りについた。

翌日、華佗から受け取った青い革のドクターバック中に麻沸散があり、それを飲んで痛みを軽減させていた。


 さて、骨折なのだ。つまりは膝の皿を包むように固定するサポターが必要だ。

俺は牢の床が地べたなことに感謝した。その日から木の椀で掘り返し、横になったまま膝を動かさないように何か所か掘ると4か所目で粘土に当たった。粘土を掘り出し、飲むように入れられた水を粘土に加えて練る。棒状にして膝の周りを丸く囲み、包帯を巻いて固定させる。その上からも粘土を塗って強度を持たせた。

 

 俺の専門は脳外科医であるが医者なのだ。自分をながらえさせることは可能だ。

痛みを我慢して少しでも曲げる。20日後くらいにはゆるく体育座りができるようになっていた。

 牢は3畳ほどの正方形の床が土で奥には寝床として藁が敷いてある。端にトイレの陶器の便器が置いてある。

 独房で壁は土壁で覆われて正面に樫の木だろうか、堅い木の柵とドアがあった。

食事は日に二回朝夕とくる。朝は粥で、夕は肉まんだった。

 

 1ケ月後、柵を頼りに立ち上がってみる。運動不足と栄養不足で足の筋肉がなくなり棒っきれのようだ。

 それから歩く練習を始めた。膝の骨の前に大殿筋が弱くなって足を持ち上げることが出来ない。地べたに背中を付け足を上にあげ、自転車こぎの動きをする。


 おお。膝が曲がる。体重を乗せていないので痛みも少ない。


 俺は笑いながら泣いていた。俺の膝よ、体よ。俺は生きている。


「あはははは!」


 声が漏れる。いや、大声で笑った。

曹操よ、俺は生きているぞ。華佗よ、俺は生きているぞ。


「あはははは!」

「あはははは!」


 牢屋番は笑う俺に怯えた。構うものか。


 50日後、俺は立って歩くことが出来るようになっていた。柵につかまりながらだが。

しかし、ラスプーチン効果はないな。怪我が早く治ることはない。命を落とすようなことじゃないとダメなのか。残念だ。

 2ケ月後、浅い屈伸ならば出来るようになった。もう伝いはなくても歩くことが出来る。身体の左右のバランスに筋肉、骨の動き。なんて人とは繊細ながらも強靭ですぐれた機能を持っているのだ。

 3ケ月後、スクワットが浅くなら出来るようになった。

もう少したんぱく質が欲しいな。今の時期の筋肉と骨の形成で十分な栄養が欲しいところだ。もっと早く気づくべきだったな。


「旦那、ちょっといいかい」


牢屋番を呼ぶ。


「なんでい」


以前、牢屋番が腕を切ったときに手当てをしてやったので、少し親しくはなっていた。


「もう少し食事に肉や魚、豆などを増やすようにお願いできないものかな」


「腹が減るのか」


「それもあるが、筋肉と骨の形成に必要でね」


「なんじゃそりゃ?」


「壊れた身体を戻すのに、栄養が必要なんだよ」


「なるほど。警部尚書けいぶしょうしょ(刑務官)に相談してみよう」


「ええ。お願いいたします」


その3日後の事だった。


「なぜか元気そうだな」


 入り口に背を向けて浅くスクワットをしていた時に声を掛けられた。

振り向くと荀彧どのだった。


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