6話 試合への差し入れ弁当は?(後編)
友梨菜は、所属する女子剣道部の出場するインカレ予選に、補欠として参加することになった。そこで友梨菜は、廉に昼食の弁当作りを依頼する。廉は、弁当を届けるついでに試合を見ていくことにするのだった。
試合会場についてからは慌しく動き回っていた友梨菜に、廉から連絡が入る。弁当を受け取った友梨菜だったが、とあるトラブルで試合に出場することになる。友梨菜は先輩の代わりに活躍できるのだろうか?そして、剣道の知識を少し頭に入れた状態で観戦する廉の目にはどう映るのだろうか?
友梨菜にメッセージを送信してから数十分後。廉のスマホが着信を知らせた。
「もしもし竹林?」
廉は、スマホの画面に表示された人物に呼びかける。
「もしもし、ごめんね。スマホ見れてなくて。今どこにいる?私取りに行くから。」
廉が、体育館の入り口付近にいると伝えると、「分かった。」と言って通話が切れた。しばらく待っていると、剣道着と袴に胴と垂を着けた見慣れない姿の友梨菜がやってきた。
「松井君、ありがとう!ごめんね遅くなってって……どうしたの?」
キョトンとした様子の廉に、目の前で手を振る友梨菜。その手に廉が気付いて、我に帰る。
「あっ、ごめん。初めて見たけど、剣道着を着てる竹林って全然違和感ないし、似合ってるんだなと思って。あっこれ、弁当。リクエスト通り、ガッツリメニューにしといたから。」
友梨菜に抱いた印象を素直に伝えた廉は、照れ隠しに、持っていた弁当を差し出した。
「あ、ありがと……。」
伝えられた印象に、少し恥ずかしくなる友梨菜。しかし沈黙はまずいと思い、なんとか言葉を続けた。
「そのっ、この後は、見ていくの?」
「あ、ああ。ついでだし……。」
「じ、じゃあ、コートとか案内するから付いてきてっ!」
案内を口実に逃げるように行ってしまう友梨菜を、慌てて追いかける廉だった。階段を登って、応援席のあるフロアに来た2人は、友梨菜が足を止めた場所で試合会場を見下ろした。
「この下のコートでやるよ。まだ時間あるから好きにしててね。私は、補欠の仕事があるからそろそろ行くね。」
少し早口で説明し、慌しく去ろうとする友梨菜だったが、廉は彼女を呼び止めた。
「竹林。」
友梨菜が、何を言われるのかと振り返ると、照れ隠しに目線を逸らし、右手を首筋に当てた廉が言った。
「頑張れよ。補欠でも、出番あるかもだし。」
それを聞いて嬉しくなった友梨菜は、廉に向き直ると満面の笑みで答えた。
「うん!ありがと。」
そして、そのまま振り返って小走りに駆けていった。
「何だよあいつ。」
友梨菜の背中に、廉はそう呟いた。
1時間後。友梨菜がなるみと雪華、そして静香と共に相手チームの偵察をしていると、レギュラーメンバーの3年生が慌てた様子でやってきた。
「静香さん!少しいいですか!?」
静香が、友梨菜達にその場を任せて後にしたしばらく後。雪華のスマホが震え、雪華も行ってしまった。しかしすぐ、慌てて戻ってきた。
「2人とも!すぐにサブアリーナに行って!私が見ておくから。」
友梨菜となるみは、何かが起こったことを察しながら、静香達の元へ急いだ。サブアリーナに近づくと、廊下にいる人達が中を覗いている。そして中からは、荒々しい声が聞こえてきた。
「ちょっと!何で何回もぶつかってくるのよ!危ないじゃない!」
「だからぁ!お前らがぶつかってきたんだろうがよ!」
片方は友梨菜達の先輩の声で、普段は温厚だが気の短い性格の先輩である。友梨菜となるみが中を覗くと、先輩の1人が床にうずくまり、その先輩に静香が寄り添っている。そして少し離れた場所で、言い争いが発生していた。2人が静香の元に行くと、2人に気付いた静香が急いで手招きした。
「あんまりここにいちゃダメ。すぐに監督連れて来てくれる?」
「分かりました。」
2人は応援席に戻ると、座って試合会場を見下ろしている監督を連れて戻った。監督は、女子剣道部の顧問というほどでもないが、静香の頼みを聞いて引率をしてくれている。基本的に学生のやることに対して口出しはしないが、大きく間違えた時には助言してくれるストッパー係になっていた。静香の元に連れて行くと、彼女と少し話した後に、言い争いをしている間に入って仲裁してくれた。静香の話によると、彼女が練習に向かった4人のレギュラーメンバーに合流して少し後、うずくまっている3年の先輩が、他のチームのメンバーにぶつかられ、壁に全身をぶつけて倒れてしまったらしい。それにカッとなった先輩が、言い争いを起こしたということのようだ。そして、負傷した先輩と言い争いを起こしてしまった先輩の代わりに、友梨菜となるみが試合メンバーに抜擢された。監督と静香からそのことを告げられた2人は、防具をつけて技の確認をするのだった。
友梨菜達の試合が近づいて来た頃。廉は、友梨菜に教えてもらった場所で、他の大学がやっている試合を観察していた。高校の授業でも剣道をやらなかった廉には、竹刀で相手を叩く程度のイメージしかなかった。剣道のルールをネットで調べた廉は、実戦を見てみようと真剣に試合を眺めていた。
「やっぱり、実戦になると難しいな。当たってるのが見えない。」
そうしていると、試合のスコアが記入されているホワイトボードに、自分の大学の名前が貼られた。
「お、次の試合なのか……って、え?」
廉の目に映ったのは、友梨菜の名前だ。本人は補欠だと言っていたが、試合に出るらしい。これは見なければと、楽しみに待つことにした。
剣道の団体戦は、5人で1チームを組む。前から1人ずつ対戦して勝ち数の多い方が勝ちになる。しかし、単純に個人戦が5回あるだけではなく、一人一人に役割というものが生じてくる。自分の前までの結果を踏まえて、自分がどうするべきかを図るのである。廉が友梨菜達の試合を見ていると、友梨菜は1番最初に出てきた。コートに入って軽く一礼し、開始線まで進んで竹刀を構え、腰を落とす。審判の合図で立ち上がり、試合が始まった。そこまでの友梨菜は、無駄のない綺麗な動きだった。そして掛け声から彼女の気合が伝わってくる。
「すごいな。竹林。」
彼女の姿を見た素直な感想がこぼれた。しばらく打ち込むタイミングを測っていた友梨菜だったが、相手が面に飛び込んでくるのに合わせて小手を打ちに行った。審判の旗は挙がらず、そのまま鍔迫り合いになった。少ししてからどちらともなく分かれ、再び間合の攻防に入る。そんなこんなを繰り返しながら、その試合は友梨菜が鮮やかに二本取って勝利した。そして、チームとしても勝利した友梨菜達は、そのまま勝ち進んで優勝したのだった。
廉が試合を見終えて外に出ると、スマホの通知音がなった。
「ごめん!時間なさそうだから、お弁当箱返すの今度でもいい?」
廉は小さく笑うと、返信した。
「いいよ。試合お疲れ様。大活躍で食べれてないだろうから、ゆっくり召し上がれ。」
しばらくすると友梨菜から、「ありがと〜!」という返信があった。一方友梨菜は、食べると動きが鈍るのを考慮し、お昼に栄養補助食品しか食べなかった影響が出て来ていた。空腹に耐え切れず、帰りのバスの中で弁当を開けると、匂いを嗅ぎつけた先輩達がわらわらとやって来た。
「それ、今日のお弁当?自分で作ったの?」
「あれ?確か友梨菜ちゃんって、料理苦手じゃなかった?」
先輩達が口々にそんな事を言う。友梨菜は恥ずかしくなって、何も言えなくなってしまった。すると、見かねたなるみが口を開いた。
「ちょっと頑張ったんやな?……合わせや。」
最後にボソッと耳元で囁かれた。
「う、うん。」
なんとか頷くと、なるみが手に持っていた箸でカツを少し切り、掴み上げた。
「ほんなら、代表して少し貰うで?」
友梨菜がもう一度頷くと、パクリと頬張った。
「うんま!めちゃ美味いやん!友梨菜やるやんか!」
なるみの反応は、素の彼女の反応だった。廉の料理がなるみにも響いたのだと思った友梨菜は、少し嬉しくなった。
「そうなの?じゃあ私も貰おうかな?」
なるみの反応を見た雪華がそう言うと、なるみが遮った。
「あ、先輩はダメです。ウチが代表して貰ったので。後は友梨菜の分ですし。」
「あっ、なるみちゃんずるいぞー!」
2人が言い合っていると、静香が口を開いた。
「せっちゃんは自分の分、あんなにあるじゃない。あまり食べすぎると……。ね?」
痛いところをつかれたように、黙り込む雪華。そして静香は、友梨菜を見て言った。
「友梨菜ちゃん。私も食べてみたいから、今度作ってね?」
「え、あ、はい……。」
返事をしてから、まずい約束をしてしまったと気付いた友梨菜。硬直していると、なるみに頬をつんつんされた。
帰り道。なるみと共に電車に乗った友梨菜だったが、静香と約束してしまった事で頭がいっぱいだった。
「そういえば、松井君の料理めっちゃ美味かったな。予想以上過ぎて、大きな声出てもうたわ。」
「そ、そうだね。今日も、美味しかった。」
「なぁ、友梨菜。全然気持ち入ってへんで?どないしたん?」
友梨菜は、抱え込んだ不安を吐き出すようになるみに話した。すると、何かを企んでいそうな笑みを浮かべたなるみがこう言った。
「心配せんでも、先生ならおるやん?教えてもろたらええ。」
「先生って……まさか?」
「せや。どのみち今から弁当箱返しに行くんやろ?ウチも着いてったるさかい、ついでに頼みぃな。」
「そ、それぐらい自分で頼めるから、着いてこなくていいよ!」
少し顔を赤らめながらそう言う友梨菜。それを聞いたなるみは、一言「ほな頑張り。」と返した。
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