5話 大会への差し入れ弁当は?(前編)
正式にお弁当契約を結んだ、松井廉と竹林友梨菜。廉が、友梨菜の弁当を作り始めて数日後。友梨菜から週末の弁当作りを依頼される。そして、廉が弁当を持ってくるように頼まれたのは、剣道の試合会場だった。友梨菜が剣道部である事を知っていた廉は、ついでに観戦していこうと決めたのだった。そして、友梨菜のいつもと違うリクエストとは?
登場人物
凪静香
友梨菜の所属する剣道部の部長を務める4年生。文句なしの美人で剣道も強く、リーダーシップも兼ね備えたまさに才色兼備だが、誰とでも気軽に接する一面もある。
白樺雪華
友梨菜達の一学年先輩。サポートが上手く、剣道部の部員兼マネージャー的な役割を担う。やや天然な面があり、静香にいじられる事もある。
とある金曜日の夜。廉がテレビの料理番組を見ていると、スマホが着信を知らせた。画面に表示されたのは、友梨菜の名前だった。
「もしもし?」
廉が出ると、安心した様子の声が聞こえてきた。
「あっ!もしもし松井君。突然ごめんね。今、大丈夫?」
「ん?大丈夫だけど?」
廉がそう答えると、友梨菜はこんな事を言い出した。
「明日なんだけど、お弁当をお願いしたくて……大丈夫かな?」
言葉の切れたところに、休日なのに申し訳ないという気持ちが滲み出ている。明日はこれといった予定はないので、そう返事をした。
「別に大丈夫だよ。何かあるの?」
理由の気になった廉が尋ねると、納得の答えが返ってきた。
「実は明日、部活の試合があるんだけど、1日かかるみたいで。お昼を用意しないといけないんだけど、毎回先輩達に奢ってもらうわけにもいかないでしょ?だから、松井君がよければお願いしようかなって思って。」
「了解。何かリクエストとかある?休日だから、少し手が凝ったものでも大丈夫だけど?」
廉の質問に少し考えた友梨菜は、こう言った。
「メニューはお任せします。でも、結構ガッツリ食べられると嬉しいかな。あと……試合会場まで持ってきてもらってもいい?朝、早くて取りに行けそうにないの……。」
「分かったよ。場所を教えてくれれば持ってく。ついでに、部活やってる竹林も見たいし。」
「……分かった。場所は今から送るよ……。よろしくお願いします……。」
赤くなりながら通話を切った友梨菜は、一言「バカ」と呟いた。
翌日。いつも通りに起床し、弁当作りに取り掛かる廉。メニューはお任せという事で、ガッツリ食べられるというリクエストから、冷めても美味しく食べられそうなカツ丼をチョイスした。少し深めの弁当箱を用意し、炊いたご飯を半分ほどの深さまで詰める。その上に、トンカツを卵でとじて乗せる。量的にはかなりボリューミーだが、運動の後であれば問題ない量だということは、自らの経験からも判断できた。自分と友梨菜の分の弁当を鞄に入れた廉は、友梨菜に教えてもらった試合会場へ向かうため、電車に乗り込んだ。30分程揺られると、友梨菜に教えてもらった駅に着いた。そこから歩いて体育館へ向かうと、体育館の入り口に立て看板が出ていた。
「全日本学生剣道選手権大会関東予選……って、インカレかよ!?」
とりあえず中に入ると、大勢の剣道着姿の大学生が学校ごとにまとまって、忙しなく移動している。
「いや、この中から竹林探すのは無理だろ……。」
そう呟いた廉は、スマホを取り出して友梨菜に連絡を入れた。
「会場着いたけど、どうすればいい?」
その日の早朝。早起きした友梨菜は、準備を済ませて大学に向かった。この日は大事な試合の日だ。結果によっては、静香達4年生の先輩達の最終試合になりかねない。例年、全国大会に行けるかいけないかギリギリの成績なだけに、静香達には全国大会に行って欲しかった。そんな友梨菜は、実力と努力が認められて補欠メンバーに加えられた。大学に向かう途中で、朝食を購入しようとコンビニに立ち寄る。お金がなくなるのを、しみじみと感じながら会計を済ませて電車に乗る。大学に着くと、なるみが既に待っていた。
「遅いで、友梨菜。先輩達来てまうわ。」
1年生の2人は、少し早めに来て荷物を運びだしておこうと決めていたのだった。共用の救急箱や竹刀入れなどを運び出していると、一つ上の白樺雪華がやってきた。
「あっ雪華さん、おはようございます!」
「おはよう〜。2人とも早いし偉いね〜。私も手伝うよ。まだ残ってる?」
少し眠そうな雪華だが、友梨菜達を手伝ってくれた。共用の物を出し終えると、部長の凪静香ら上級生が到着した。
「おはようみんな。朝早くからありがとう。助かるわ。」
上級生達が自分の荷物を運び出すと、学校側が手配したバスに荷物を積み込み、会場に向けて出発した。バスに揺られながら、朝日に照らされる街並みをボーっと見ていると、隣に座ったなるみが話しかけてきた。
「そういや友梨菜。お昼はどうしたん?見たところ持ってへんやろ?」
「まっ、松井君にお願いした……。」
友梨菜がギクっとしながら答えると、「ほぉっ……」と言って、にやけたなるみの顔が目に入る。
「もうっ!別にいいでしょ?私寝るから。」
少し早口で捲し立て、反対側を向いて目を閉じた。しかし、窓ガラスに写った少し赤みを帯びている顔は、なるみにバッチリ見られたのだった。
「友梨菜起きや。着いたで。」
なるみに体を揺すられ目が覚める。バスはちょうど駐車場に入ったところで、寝ていた先輩達も起きて、伸びをしている。バスが駐車すると、部長の静香が声を上げた。
「はい!注目!とりあえずみんな起きたかしら?起きたようね。それじゃあ、この後の動きを説明するわ。まずレギュラーメンバーは、防具だけ持って練習場所の確保をしたら、即アップ開始ね。私に着いてきてくれれば大丈夫よ。そして1、2年生は申し訳ないんだけど、残りの荷物を持って応援席に移動して下さい。場所は決まっているから、せっちゃんに渡したパンフレットをもとに動いてね。何か質問ある人?」
静香がそう呼びかけると、なるみがスッと手を上げた。
「部長。うちと友梨菜は、荷物運んでからアップに合流でいいですか?」
「あ、そうね。2年生の人数が少ないから、手伝ってもらえると助かるわ。そこから合流でいいわよ。」
「分かりました!」
全員がバスから降り、荷物を持って入口が開くのを待つ。入口が開くと、雪華の後について応援席へ向かった。荷物を運び終えると、雪華がアップに送り出してくれた。
「こっちはもう大丈夫だから、友梨菜ちゃんとなるみちゃんは、アップ行っておいで。頑張ってね!」
自分の防具と竹刀を抱え、人混みをかき分けながら静香達の元へ急ぐ。先輩達に混じって基本打ちのアップを済ませると、開会式に出た。インカレ予選なだけあって、少し規模大きめの大会らしく国歌斉唱や連盟上層部の挨拶等がある。途中でなるみが「長ない?」と呟いたのが聞こえた気がした。開会式が済むと、静香が集合をかけた。
「それじゃあ、一回戦まで時間があるけど、どうする?」
上級生のうちの1人が、技の確認をしたいと言うと、周りも釣られてやると言い出した。
「そうね。じゃあそうしようかしら。私は、補欠の2人に敵情視察を教えるから、後で合流するわ。先に4人で進めててね。」
静香はそう言うと、友梨菜となるみを連れてその場を後にした。
「あの。静香さんはいいんですか?先輩達と練習しなくて。」
気になった友梨菜が尋ねると、なんとも部長らしい答えが返ってきた。
「私は大丈夫よ。ある程度は把握しているから。それに、後輩達に教えなきゃいけないこともあるしね。とりあえず、応援席でせっちゃんと合流するわよ。」
静香の後について応援席に戻ると、静香が雪華を呼んだ。
「せっちゃん。お仕事の時間よ。」
雪華は振り返ると、部の荷物が入った鞄からバインダーを取り出して来た。
「今日は2人も一緒。教えてあげてね。」
「分かりました!静香さんも見ますか?」
「そうね。自分の目でも見ておきたいわ。」
静香の意志を確認した雪華は、友梨菜となるみを見て、思い出した様に言った。
「あっ。さっき誰かの携帯が鳴ってたから、一応確認してみて。静香さんも確認してみて下さい。」
「ええそうね。ありがとう。」
友梨菜は、連絡してきそうな人を思い浮かべてみる。すると、1人だけ大きな心当たりがあった。
「あ!」
それだけ言って、自分の荷物に向かう友梨菜。それを見たなるみは、友梨菜の考えていることに気付いて、内心ニヤけていた。
「そんなに慌てる問題なの?」
そう言う静香に、なるみは言った。
「彼女の生存問題ですからね。」
すると友梨菜は、スマホを握りしめたまま戻ってきた。
「静香さん。お弁当を取ってくるので、少し待ってもらえますか?」
「ええ、いいわよ。待っているから、行ってきな。」
友梨菜は礼を言って頭を下げると、スマホで電話をしながら去っていった。
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